今日は、「キャンセル率を下げる仕組み」についてお話しします。
といっても、患者を“コントロールする”話ではありません。
本来の目的は、
“患者が自分の健康のために行動しやすくなる環境を整える”
という、行動支援のデザインです。
その考え方のひとつが、行動経済学で言う「ナッジ(nudge)」です。
ナッジとは“背中をそっと押す”こと
ナッジとは、アメリカのリチャード・セイラー博士が提唱した行動経済学の概念で、
強制せずに、望ましい行動を自然に選びたくなるように促す仕組みのことです。
たとえば、
・「手洗いを忘れないように洗面所の鏡にメッセージを貼る」
・「健康診断の予約をデフォルトで“参加”にしておく」
などもナッジの一種です。
歯科医院における“ナッジ”は、患者が健康を守る行動(治療・予防・再来院)をより自然に・ストレスなく続けられるよう支援する仕組みと考えるとよいでしょう。
ナッジを“スラッジ”にしないために
先生もご存じの通り、ナッジは誤用されると「スラッジ」になります。
スラッジとは、相手に不利益を与える形での“誘導”のことです。
「今キャンセルすると他の患者さんに迷惑です」
「当院ではキャンセル料をいただきます」
確かに一時的にキャンセルは減りますが、患者は“一時的な罪悪感”で動いており、信頼関係を損ねるリスクがあります。
ナッジの本質は、患者にとってより良い選択ができる様に「行動を支援すること」。
相手の自由を尊重しながら、“望ましい行動を取りやすくする”環境設計こそが目的です。
歯科医院で実践できるナッジの具体例
① 一貫性の原理を活用する(行動の継続支援)
人は「一度自分で決めたことを守りたい」と感じる心理があります。
予約時に、
「次のご予約は○○さんの治療計画の大事なステップです」
「ここまで頑張ってこられたので、あと一歩一緒に進めましょう」
と伝えるだけで、“自分の意思として行動を続けたい”という気持ちが高まります。
これは「約束を守ることが自分の信頼につながる」というポジティブな支援であり、患者の自律的行動を尊重したナッジです。
② 上昇選好の心理を使う(進捗の見える化)
人は“上がっていく数字”を見るとモチベーションが上がります。
歯科医院では、
・「歯ぐきの状態スコア」
・「ブラッシング習慣の達成カレンダー」
・「定期検診の継続回数」
などを“見える化”することで、患者が自分の健康を育てている感覚を持てます。
「次の検診でも○○をキープできるといいですね」と声をかけることが、患者に“自分の努力が成果につながっている”と実感させます。
これも立派なナッジです。
③ リマインドメッセージを「温かく」する
LINEやSMSでの自動配信もナッジ設計のひとつです。
しかし、文面が「事務的」になりすぎると、患者は“管理されている”と感じてしまいます。
例:
×「○月○日○時の予約です。変更は2日前までに。」
〇「○○さんの歯ぐきの治療、次回で一区切りですね。体調に気をつけてお越しください。」
メッセージのトーンを変えるだけで、機械的な通知が“人との約束”に変わります。
ナッジの力は、言葉に温度をもたせることでも発揮されるのです。
スタッフ全員で「患者の行動支援チーム」になる
ナッジを医院全体に浸透させるためには、「キャンセルを防ぐための仕組み」ではなく、
「患者の健康行動を支援するチーム」として仕組みを作ることが大切です。
たとえば、ミーティングで次のような視点を共有してみてください。
・患者が“来院を続けやすい”環境設計ができているか?
・来院動機を“安心・希望・成果”で支えられているか?
・リマインドや会話が“人間味”を感じるものになっているか?
チェックリスト:ナッジが“支援”になっているか?
|
チェック項目 |
Yes / No |
|
患者の自由を奪う・罪悪感を与える表現を使っていないか |
|
|
患者が自分の意思で行動を続けられる言葉を使っているか |
|
|
健康行動の“進捗”や“成果”を見える化しているか |
|
|
自動リマインドも“人の温度”を感じる内容になっているか |
|
|
チーム全体で「行動支援」という共通認識を持っているか |
まとめ:ナッジとは「人を動かす」ではなく「人を支える」
歯科経営におけるナッジの目的は、
“患者が健康を守る行動を、より優しく継続できるように支える”こと。
それは、
・押しつけでも、
・心理操作でもなく、
・患者の自由と尊厳を尊重した行動支援。
ナッジの本質は「人を理解する姿勢」です。
患者の行動を“変えよう”とするより、
「なぜ続けにくいのか」「どうすれば支えられるか」を考える医院こそ、信頼され、選ばれ続けます。
森脇康博のひとこと
ナッジとはヘルスプロモーションの一部であり、医院から患者への“思いやりの仕組み化”です。
それを形にできる医院は、経営が安定し、チームの心理的満足度も高い。
次回は、スタッフが“自分から動く”チームづくりの心理学をテーマに、「指示されなくても動ける組織はどう育つのか?」を掘り下げていきます。
![]() |
|
![]() |
|
![]() |

















