はじめに
前回、シリーズ1では、「スタッフが動かない」という悩みの本当の原因が、院長の巻き込み力の問題にあることをお伝えしました。
では、巻き込み力がある院長とない院長の差は、どこから生まれるのでしょうか。
最初に伝えておきたいことがあります。巻き込み力がある院長とは、完璧な人間ではありません。失敗もする。腹も立つ。不安になる。いっぱいいっぱいになる。それは人間として当然のことです。問われているのは、「失敗しないか」ではなく、「理想の院長像を定めて、その理想に近づこうと努力し続けているか」です。その姿勢そのものが、スタッフの心を動かします。
巻き込み力がある院長の4つの共通点
現場で多くの歯科医院を見てきた中で、巻き込み力がある院長には共通した特徴があります。
一つ目は、主張が本質的で社会に貢献するものであることです。「患者の健康を守りたい」「地域の口腔の健康水準を上げたい」という主張は、スタッフが「この院長の目指すものは正しい」と素直に感じられるものです。自分の利益や都合に基づいた主張は、どれほど言葉を飾っても響きません。主張の内容が本質的であること、それが出発点です。
二つ目は、主張を具現化する行動を以前から続けていることです。言葉だけではなく、その主張が日常の診療・患者への接し方・スタッフへの関わり方の中に自然に表れています。長年その姿を見てきた患者がロコミで医院を紹介し始める。スタッフが「院長は本当にそれを大切にしているんだ」と実感できる。言葉と行動の一致が、時間をかけて信頼を育てます。
三つ目は、なぜその行動が必要なのかを、スタッフの成長度に合わせて日常から語っていることです。理念を朝礼で読み上げるだけでは、スタッフの心には届きません。「今日のあの患者さんへの対応は、うちが大切にしていることとこういうつながりがある」という形で、日常の具体的な場面から理念を語れる院長は、スタッフの腑に落ちる言葉を持っています。
四つ目は、スタッフに求められる資質・成長度・心構え・行動が明確に示されていることです。「何を目指せばいいか」が見えているスタッフは、自分で考えて動けます。院長が求める人物像と行動の基準が曖昧なまま「自分で考えて動いてほしい」と言っても、スタッフは何をすればいいかわかりません。
「正しいことはブレずに言う」という覚悟
巻き込み力がある院長に共通するもう一つの特徴として、「正しいことは正しいと言い、ブレない」という姿勢があります。
これは、強権的に振る舞うことでも、厳しくあり続けることでもありません。患者にとって必要な治療を、経営的な都合で妥協しない。スタッフの行動が医院の理念に反するとき、波風を立てたくないからと見て見ぬふりをしない。「正しいことを正しいと言う」という一貫した姿勢が、スタッフに「この院長は本物だ」という感覚を与えます。
優しいだけの院長は、スタッフに好かれるかもしれませんが、信頼されるとは限りません。スタッフが「この院長についていきたい」と感じるのは、その院長の言葉と行動に芯があると感じたときです。時に厳しく、しかし一貫している。その姿がスタッフの心を動かします。
巻き込み力がない院長に共通する構造
一方、巻き込み力がない院長にも、共通したパターンがあります。
最も根本的な問題は、主張そのものがないことです。「どういう医院にしたいか」「患者に何を提供したいか」という自分の言葉による主張がなく、業界の標準や他院の真似をベースに医院を運営している。主張がなければ、スタッフが共感する対象がありません。
主張があっても、それが社会への貢献よりも院長個人の都合や利益に偏っていると、スタッフは「この方向性を支えたい」とは感じません。表向きの理念はあっても、実際の診療現場では患者の健康より売上が優先されていると感じるとき、スタッフの心は離れていきます。
言行不一致も深刻な問題です。スタッフには正しい行動を求めながら、院長自身は別の行動をとる。「患者への丁寧な対応を大切に」と言いながら、院長自身が患者の前でスタッフを感情的に叱責する。こうした矛盾をスタッフは敏感に感じ取ります。そして「言っていることとやっていることが違う院長の言葉」は、やがて完全に響かなくなります。
感情のコントロールも、巻き込み力に直結します。忙しさやプレッシャーの中でイライラすること自体は人間として自然です。しかし、その感情をスタッフにぶつけることが習慣化すると、スタッフは「いつ怒られるか」という緊張の中で働くようになります。前回お伝えしたように、その緊張は患者にも伝わります。感情的な叱責を受けたスタッフの委縮は深く、「この院長の理想を自分も実現したい」という内発的な動機とは正反対の方向に向かいます。
「失敗する院長」と「成長しない院長」は違う
ここで強調したいのは、失敗することと、成長しないことは別の話だということです。
巻き込み力がある院長も、感情的になることがあります。判断を誤ることがあります。言い過ぎてしまうことがあります。しかしその後、自分の言動を振り返り、必要であればスタッフに「あのときの言い方は良くなかった」と伝える。自分の理想の院長像と現実の自分との差を正直に見て、修正しようとし続ける。その姿勢がスタッフに伝わります。
「院長も一人の人間として成長しようとしている」という姿を見ているスタッフは、院長に対して人間的な信頼を持てます。完璧を装うより、誠実に成長しようとしている姿のほうが、スタッフの心を動かします。
問題なのは、失敗を認めず、スタッフや患者や環境のせいにする院長です。自分の言動を内観せず、「スタッフが悪い」「患者が理解してくれない」という方向に原因を向け続ける院長は、成長が止まります。成長が止まった院長の元では、組織も止まります。
まとめ
巻き込み力の差は、生まれ持った才能や人柄の問題ではありません。「理想の院長像を定めて、その理想に近づこうと誠実に努力し続けているか」という姿勢の差です。
主張を持ち、その主張を体現する行動を続け、正しいことはブレずに言い、自分の失敗を認めて修正していく。この地道なプロセスの中に、巻き込み力は育まれていきます。
次回、シリーズ3では、ミッション・ビジョン・バリューが「ホームページの文章」で終わっている医院と、それが院長の日常の行動に体現されて組織を動かしている医院の違いを掘り下げます。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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