はじめに
「うちのスタッフは、言われたことはやるんですが、自分で考えて動いてくれなくて」
歯科医院の院長から最もよく聞く悩みのひとつです。指示を出せば動く。しかし、空気を読んでは動けない。院長が見ていないところでは最低限のことしかしない。こうした状況に疲れ果て、「もっと主体的に動いてくれるスタッフが欲しい」と採用に答えを求めてしまう院長も少なくありません。
しかし、この悩みの原因をスタッフ側に求めている限り、何も変わりません。新しいスタッフを採用しても、同じ問題が繰り返されます。採用する前に、問うべき問いがあります。「院長自身の巻き込み力は、足りているか」という問いです。
組織が動く源泉は、どこにあるか
歯科医院の組織は、多くの場合「院長の価値観から描く創業者理念」から始まります。院長が「こういう医院にしたい」「こういう歯科医療を提供したい」という思いを持ち、その理想の実現の場として医院が存在しています。
組織が成熟してくると、院長一人の価値観ではなく、参加するメンバーが共に創り出す「共同体理念」へと移行していきます。スタッフ一人ひとりが医院の理念を自分のものとして内発的に動く状態です。しかし現実には、この「共同体理念」のステージに辿り着いている歯科医院はまだ限られています。小規模な医院が多いこともあって、多くの歯科医院はまだ「院長の理想の実現の場」として機能している段階にあります。
この段階では、院長の巻き込み力が組織を動かす主要なエンジンになります。スタッフが院長の理想に共感し、「この院長と一緒に働きたい」「この医院の方向性を自分も支えたい」と感じているかどうか。それが、組織が前進するかどうかの分岐点です。
「スタッフが動かない」の本当の構造
スタッフが自発的に動かない状態には、二つの層があります。
一つ目は、院長が掲げる理想にスタッフが共感できていない状態です。院長がホームページに理念を掲げていても、日頃の言動がそれと一致していなければ、スタッフはその理念を「額に入れて飾っておくもの」として受け取ります。「院長は患者の健康が大切と言っているが、実際には売上の話ばかりしている」「理念には書いてあるが、診療の現場でそれを感じる場面がない」。こうした乖離がスタッフの心の中に積み重なると、院長の言葉はどれほど正しくても響かなくなります。
二つ目は、スタッフが「何のために動けばいいのか」がわからない状態です。院長の理想が言語化されておらず、スタッフに求められる資質・成長度・行動が明確に示されていない。何を目指せばいいかわからないスタッフは、指示を待つしかありません。指示通りに動くことが「正解」の職場では、自分で考えて動くという行動は生まれません。
この二つの状態を変えることなく、マネジメントの手法を変えたり、新しいスタッフを採用したりしても、組織は前進しません。根本にある問いに向き合う必要があります。
リーダーシップは「自分へのリーダーシップ」から始まる
巻き込み力の話をするとき、多くの院長は「どうすればスタッフを動かせるか」という外向きの問いを持ちます。しかし、リーダーシップの出発点は「自分へのリーダーシップ」です。
院長自身が、自分の掲げる理想を本当に信じているか。その理想の実現に向けて、失敗しながらでもブレずに行動し続けているか。自分に対して正直であり、感情をコントロールし、言葉と行動が一致しているか。
稲盛和夫さんは「考え方が間違っていれば、能力が高く、努力を重ねても、良い結果は生まれない」という趣旨のことを著作の中で繰り返し述べています。「考え方」つまり院長の主張の正しさと、それを体現する日常の行動が、すべての土台になります。この土台なしに巻き込み力は生まれません。
巻き込み力とは、意図的に作り出すものではありません。院長が大切だと考えることを、失敗しながらでも諦めずに続けていると、それを見ていたスタッフの中から「この院長を応援したい」という人が一人現れます。その一人が二人になり、少しずつ輪が広がっていく。その自然な広がりが、組織を動かすエンジンになります。
外発的動機付けだけに頼るマネジメントの限界
雇用関係がある以上、給与・評価・指示命令という外発的な仕組みで人を動かすことはできます。小さな組織では、トップダウンのマネジメントで十分に回る。
しかし、院長がスタッフに「歯科医療従事者として成長してほしい」「患者のために本当の意味で貢献できる人になってほしい」と願っているならば、指示と外発的動機付けだけに頼るマネジメントには必ず限界がきます。
さらに深刻なのは、トップダウン型のマネジメントのまま医院の規模が拡大したときです。スタッフ数が増えると、院長がすべての指示を出し続けることは物理的に不可能になります。院長は忙しさに追われ、疲弊し、やがてイライラが募ります。そのストレスがスタッフへの感情的な叱責となって噴き出したとき、複数のスタッフが同時に退職するという事態が起きます。こうした後に私に組織づくりのサポートのご依頼を頂くことも多いのです。
この悪循環を断ち切る唯一の方法は、外発的な仕組みへの依存から、内発的な動機を育てる組織へと転換していくことです。その転換のエンジンが、院長の巻き込み力です。
少数の自発的な協力者を得られているか
院長の巻き込み力を測る、シンプルな問いがあります。「先生の理想に、自発的に賛同して動いてくれるスタッフは何人いますか?」という問いです。
一人もいないとすれば、院長の理想や日常の言動の中に、何か修正すべきことがある可能性があります。少数でも自発的な協力者がいるとすれば、そこから輪を広げていける土台があります。
賛同者が現れないにもかかわらず、権限によって無理やりスタッフを動かそうとする院長は、早々に躓きます。権限は人を表面的に従わせることができても、内発的な動機を生み出すことはできないからです。
院長が自分のリーダーシップと日頃の言動を内観し、どれだけの賛同者を得られているかを正直に把握して修正していく。その地道なプロセスが、院長自身の成長となり、少しずつ賛同者を増やす方向に向かっていきます。先生の医院には今、自発的な協力者が何人いるでしょうか。
まとめ
「スタッフが自分で考えて動かない」という悩みの答えは、スタッフの中にはありません。院長の巻き込み力の現状の中にあります。
院長の掲げる理想にスタッフが共感できているか。院長の言葉と行動が一致しているか。スタッフが「何のために動けばいいか」を理解できているか。これらの問いに正直に向き合うことが、組織を変える第一歩です。
次回、シリーズ2では、巻き込み力がある院長と、ない院長の具体的な違いを掘り下げます。現場で見てきた両者の差がどこから生まれるのかをお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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