開業時、院長はすべての役割を担っている
開業した当初、院長は診療以外にもあらゆる役割を担っています。
スタッフへの指示、患者対応のルール決め、消毒・滅菌の流れの確立、シフトの調整、売上データの確認、採用の判断、ハローワークへの手続き・・・。これらすべてが院長の手を通って動いています。
スタッフが少ないうちはそれでも回ります。しかしこの状態が固定化されたまま医院が大きくなっていくと、深刻な問題が生まれます。
人が増えるほど、院長がやらなければならないことも増えていきます。管理すべきスタッフの数が増え、確認しなければならない事項が増え、判断を求められる場面が増える。
院長の時間は有限ですから、やがて限界に達します。そのとき医院は、院長の処理能力が天井になった状態に入ります。
これを防ぐ唯一の手段が、院長の役割を計画的にスタッフへ手放していくことです。
「任せる」には正しい順番がある
多くの院長が「任せる」という言葉を使いますが、任せ方には大きな差があります。
十分に教えずに任せて失敗し、「だからやっぱり自分がやった方が早い」と結論づける院長は少なくありません。しかしこれは任せ方の問題であり、任せること自体の問題ではありません。
正しい順番は三段階です。
第一段階は「教える」です。
その役割の目的、手順、判断の基準を丁寧に伝えます。「何をするか」だけでなく「なぜそうするのか」という目的まで伝えることが重要です。
目的を理解しているスタッフは、想定外の事態が起きたときに自分で考えて対応できます。目的を知らないスタッフは、手順通りにできない状況が来ると止まってしまいます。
第二段階は「教えながら任せる」です。
スタッフが実際にその役割をこなしながら、院長が横で確認し、必要に応じてフィードバックを返す段階です。院長ができる水準の八割以上を安定してこなせるようになるまで、このステップを続けます。
ここを省いて「あとはやっておいて」と手を引くと、スタッフは不安なまま動くか、院長に都度確認するかのどちらかになります。
第三段階は「任せきる」です。
スタッフが安定して役割をこなせる状態になったら、院長は日常的な指示をやめます。院長が口を出すのは、スタッフから相談を受けたときだけです。
このとき院長の役割は「指示を出す人」から「スタッフの決断を支える人」に変わります。ここで余計な口出しをすると、スタッフは「任されていない」と感じ、自律的に動く意欲を失います。
SL理論が示す「相手の成長段階に合わせた関わり方」
任せる際の関わり方を考えるとき、SL理論(状況対応リーダーシップ理論)が参考になります。SL理論は、スタッフの成長段階によって、リーダーが取るべきアプローチを変えるべきだという考え方です。
経験が少なく不安が大きいスタッフには、具体的な指示と細かなサポートが必要です。ある程度できるようになったが自信がまだ十分でないスタッフには、指示を減らしながらも励ましと承認を増やすことが有効です。
実力はあるが自律的に動くことにためらいがあるスタッフには、相談に乗りながら本人の判断を引き出すアプローチが合います。そして自律的に動ける段階のスタッフには、大きな方向性だけ示して任せきることが最も力を発揮させます。
同じスタッフでも、新しい役割を任せるときは最初のステップに戻ります。以前できていた仕事は任せきれても、新しい役割は「教える」から始める。この柔軟さが、育成の精度を上げます。
また、MBTIやTA、PCM進学といった行動特性の分析を活用すると、スタッフごとに「どんなアプローチが響きやすいか」が分かります。細かな説明で安心するタイプか、まずやってみる方が覚えやすいタイプか、承認されることで動き出すタイプか・・・。この違いを理解した上で関わることで、育成の効率は大きく変わります。
事務・雑務から始め、段階的にマネジメントの一部まで任せていく
手放す役割には順番があります。最初は事務的な作業や日常的な雑務から始めます。材料の発注管理、日次の清掃・準備の管理、患者対応、事業者対応の定型的なルール運用等々・・・。これらは手順が明確で、教えやすく、任せやすい役割です。
次の段階では、スタッフ間の調整役やシフト管理などのチーフ的な役割を任せていきます。この段階から、役割を担うスタッフ自身が他のスタッフとの関係の中で判断する場面が増えます。院長はここで、チーフ候補となる複数人のスタッフの育成を意識的に始める必要があります。
さらにその先には、部門の目標管理、ミーティング運営、新人育成の仕組みの運営、採用面接への参加など、組織マネジメントの一部を任せる段階があります。ここまで到達できているスタッフが組織の中にいると、院長は「一定の部門をその幹部スタッフに任せる」という状態が実現します。
この段階まで人材を育て上げられた院長、あるいはそういう人材を採用できた院長は、院長にしかできない役割、「経営の方向性を決める、医院のビジョンを示す、地域との関係を深める、次の投資を判断する」に集中できる時間を手に入れます。
先生の医院では今、院長の役割のうちスタッフに任せられているものはどのくらいありますか。
計画的に育てなければ、人が増えるほど院長は疲弊する
医院を大きくしたいと考えた院長が最初にぶつかる壁は、人員が増えるほど院長が多忙になるという逆説です。
スタッフが増えれば、それだけ多くの指示・確認・判断が院長に集中します。幹部スタッフが育っていなければ、増えた人員をまとめる役割もすべて院長が担うことになります。すると院長は診療もしながら、組織管理もしながら、経営判断もしながら、採用対応もするという状態に追い込まれます。
この状態が続くと、院長は感情的になりやすくなり、スタッフへの当たり方がきつくなり、最悪の場合にはスタッフの大量退職につながります。
これは院長の人格の問題ではなく、仕組みの問題です。人が増える前に、増えた人員をまとめられる幹部を計画的に育てておく。その幹部が育っていない段階で規模を拡大すると、組織は崩れます。
だからこそ、医院を大きくすることを考え始めた院長は、まず「今の組織の中に次のステージを支えられる人材がいるか」を確認することから始める必要があります。いなければ、育てながら拡大を進める。そのためには、今この段階から役割を手放す計画を立て、一歩ずつ実行し始めることが必要です。
まとめ
院長の役割を手放すことは、院長が弱くなることではありません。院長が本来集中すべき仕事に向き合えるようになることです。そしてスタッフが「任された役割を自分ごととして担う」という経験を積むことで、医院の組織力が高まっていきます。
教える→教えながら任せる→任せきる。この三段階を、スタッフの成長段階と行動特性に合わせて丁寧に進めること。事務・雑務から始め、段階的にマネジメントの一部まで任せていくこと。そして人が増える前に、次のステージを支えられる幹部を計画的に育てておくこと。
これが、医院ステージを上っていくための第一歩です。
次章では、組織の要となるチーフをどう育て、どう権限を渡すかをお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
![]() |
|
![]() |
|
![]() |

















