はじめに
「うまくいっている経営モデルを教えてほしい」というご質問を、経営相談にお申込み頂いた院長から時々受けます。
定期管理型がいいのか、インプラントを柱にすべきか、アライナー矯正に力を入れるべきか、訪問歯科を拡大すべきか。そうした問いに対して、私がいつもお伝えするのは同じことです。「その経営モデルが先生の地域と医院に合っているかどうかを、先に確認する必要がありますし、院内にそのモデルを実現する為の経営資源がないと機能しません」と。
経営モデルに正解はありません。ある地域・ある医院・ある院長では機能するモデルが、別の地域・別の医院・別の院長では機能しない。むしろ、合わないモデルを選ぶことが経営を悪化させます。シリーズの最終回となる今回は、今後5〜10年を見据えた経営モデルの選び方を、経営環境の変化と院長の経営資源という二つの軸から整理します。
経営環境の変化を5つの軸で整理する
経営モデルを選ぶ前提として、今後5〜10年の経営環境の変化を正確に把握しておく必要があります。現在進行中の変化を5つの軸で整理します。
1.物価・人件費の高騰
全国的に物価と人件費が上昇しています。ただし、その程度は地域によって大きく異なります。大都市圏では人件費の上昇が特に顕著で、歯科衛生士の採用単価・維持コストが経営を直接圧迫しています。一方、地方都市では人件費の上昇は相対的に緩やかなものの、そもそも採用できる人材の絶対数が少ないという別の問題があります。コスト増への対応策は、地域によって異なります。
2.診療報酬の配点構造の変化
シリーズ2でお伝えしたように、今後の診療報酬改定は、既存の治療行為に手厚く点数を配分する方向には向かいません。質の評価・連携の評価・継続管理の評価という軸で再配分が進みます。現在の収益が保険診療の「量」に依存している医院ほど、この変化の影響を受けます。
3.人材採用の構造的な困難
歯科衛生士・勤務ドクター・歯科技工士・診療スタッフの採用難は、今後さらに深刻化します。生産年齢人口の減少は全国共通ですが、地方都市では特に顕著です。採用できる人材の数と質が、選べる経営モデルを規定します。歯科衛生士が確保できない地域で定期管理型の拡大を目指しても、絵に描いた餅になります。
4.患者にとっての保険適用範囲の実質的な縮小
診療報酬の包括化が進むにつれて、患者が保険診療の中でカバーされる治療の範囲は実質的に狭まっていきます。患者の自己負担が増える方向性は変わりません。この変化は、自費診療の需要を押し上げる側面もある一方で、患者の経済的な選択肢を狭める側面もあります。
5.患者層の二極化
地域住民の収入構造も変化しています。物価高騰の中でも収入が増えている層と、収入が上がらず生活が苦しくなっている層の二極化が進んでいます。自費診療を収益の柱に据える場合、その地域の患者層がどちらに偏っているかを把握することが不可欠です。同じ「中所得層が多い地域」であっても、10年後に富裕層が増える方向なのか、低所得層が増える方向なのかによって、経営モデルの設計はまったく異なります。
「選んではいけない経営モデル」がある
経営モデルを選ぶ際に、多くの院長が陥りやすい罠があります。「うまくいっている医院の真似をする」ことです。
成功している医院のモデルには、必ずその医院固有の条件があります。院長の治療技術、スタッフの質と数、立地の特性、地域の需要構造、開業からの年数によって積み上げられた患者との関係性、院長とスタッフのコミュニケーション能力。これらの条件が揃っているからこそ、そのモデルは機能しています。
シリーズ4でお伝えしたように、地域需要と合わない診療をしている医院はじり貧になります。それと同じ構造が、経営モデルの選択にも当てはまります。いくら収益性が高いと言われているモデルでも、自院の地域・採用環境・院長の治療技術と合っていなければ、選んではいけない経営モデルです。
定期管理型は、歯科衛生士を安定的に確保できることが前提条件です。歯科衛生士の採用が構造的に困難な地域では、定期管理型の拡大は経営モデルとしては効果的でも、地域との相性が悪い選択になります。インプラントを柱にするためには、十分な技術と実績の蓄積が必要です。技術が未熟な段階でインプラントを前面に出しても、患者からの信頼は得られません。アライナー矯正のようなトレンドに飛びついても、地域の需要と技術的フォロー体制(ワイヤー矯正の技術や矯正歯科との連携)がなければ投資が回収できません。
「選べる経営モデル」は、地域・採用環境・院長の経営資源の三つが重なる領域の中にあります。
看板商品(Aランク)を意識して設計しているか
経営モデルを構築する上で、私が院長に必ず確認することがあります。「先生の医院の看板商品は何ですか?」という問いです。
一般の小売業や飲食業と同様に、歯科医院の診療コンテンツにも役割の差があります。患者が「この医院でなければ」と思う看板商品(Aランク)、次の看板商品として育てている診療(Bランク)、幅広い患者に提供する汎用的な診療(Cランク)、時代の変化に応じて入れ替えていく診療(Dランク)。この四層を意識して設計している医院と、なんとなく診療している医院では、経営の安定性に大きな差が生まれます。
Aランクの診療コンテンツを持つことの意味は、単に収益を上げるためだけではありません。ブランド力によって診療圏を広げる力があります。希少性が高い専門的な治療技術は、遠距離からの来院を生みます。周辺地域から人口が流出する中でも、広い圏域から患者を引き付けられる強みを持つ医院は、地域の人口減少の影響を緩和できます。
多くの院長はAランクの診療コンテンツを持つことの重要性を頭では理解しています。しかし、日々の診療に追われる中でCランクの診療だけで時間が埋まり、A・Bランクを育てるための時間と投資が後回しになっています。院長が忙しくなるほど組織化が遅れ、組織化が遅れるほど院長の時間が奪われる。この悪循環を断ち切らない限り、看板商品は育ちません。
口腔機能という需要を、どう読むか
国が強くスポットを当てている「口腔機能」の問題は、今後の歯科医療需要の中で確実に存在感を増していきます。しかし、この需要をどう読むかは、地域によって異なります。
う蝕需要がまだ十分にある地域では、治療需要を取り込みながら定期管理への移行を促す流れが自然に機能します。一方、すでにう蝕需要が少なく定期管理型が発展してきた地域では、口腔機能管理は継続管理の質を高める方向で機能します。
口腔機能の問題は、審美的な切り口だけではありません。摂食・嚥下機能の維持、全身疾患との関連管理、小児の口腔機能発達支援、高齢者の口腔機能低下への対応。地域の年齢構成・疾患構造・住民の健康意識によって、どの切り口に需要があるかは異なります。アライナー矯正のようなトレンドに飛びつく前に、自院の地域で今後10年にわたって安定して存在する口腔機能への需要を見極めることが先です。
口腔機能管理は「制度が先行し、エビデンスが後から積み上がる」という構図の中にあります。国も医療機関の臨床例の蓄積を通じてエビデンスを形成しようとしています。この分野に今から真剣に取り組んでいる医院は、エビデンスの形成に貢献しながら、将来の制度設計にも影響を与える立場に近づいていきます。
まとめ:今後10年、採算の取れる経営モデルを選ぶために
シリーズを通じてお伝えしてきたことを、最後に一本の線でつなげます。
社会保障制度の再編(シリーズ1)の理由は、地域の人口構造と需要の変化に対応する為です(シリーズ2)。だから診療報酬の体系も変化していく(シリーズ3)。この変化の中で地域に残り続けるためには、保険医療機関としての足元を固め、地域の中での役割を再定義することが求められます(シリーズ4)。そして、その地域と自院の経営資源に合った経営モデルを選び、看板商品を意識的に設計することが、今後10年の採算を左右します(シリーズ5)。
経営モデルの選択に正解はありません。しかし、「地域の特性」「採用環境」「院長の治療技術」「患者層の二極化」という四つのフィルターを通して見たとき、自院に合った選択肢は自ずと絞られてきます。
治療技術はそこそこで打ち出せるものがなく、スタッフも育っていない。そういう状態では、どの経営モデルを選んでも機能しません。経営面だけを強化しても、診療の質という土台がなければ持続しません。逆に、治療技術があり患者からの信頼がある医院は、経営の設計を整えるだけで大きく変わります。
先生の医院が今後10年、地域の中で採算を取り続けるためには何が必要か。このシリーズが、その問いを自院に引き寄せて考えるきっかけになれば幸いです。具体的な経営設計については、ぜひ一度ご相談ください。先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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