はじめに
「うちに来る患者は、痛みが取れるとすぐ来なくなる」
そう嘆く院長は少なくありません。急性症状への応急処置だけを希望する患者、主訴の歯だけを治療して終わりにしたい患者。こうした患者層が多い医院では、スタッフは疲弊し、収益は安定せず、長期管理型の経営モデルが機能しません。
では、その患者層を減らすことはできるのか。結論から言えば、できます。ただし、「患者を断る」という方法ではありません。保険医療機関には応召義務があり、正当な理由なく患者の診療を断ることはできません。
では、どうすればいいのか。逆説的に聞こえるかもしれませんが、「治療品質を上げ、医院の方針をブレずに貫く」ことで、急患層は自然に離れていきます。そしてその代わりに、医院の価値を理解する患者層が集まってきます。今回はその構造と、それを実現するための院長の覚悟についてお伝えします。
治療品質を上げると、急患層は自然に離れていく
保険診療を中心としている医院では、来院する患者の動機はさまざまです。健康を守るために定期的に通いたい患者もいれば、痛いところだけ早く治してほしい患者も来ます。後者を完全に排除することはできません。しかし、その割合を大きく変えることはできます。
鍵になるのは、「主訴のみの治療対応も予約枠を埋める為に受け入れる」から「患者の健康にとって必要な治療と管理を誰に対しても提案する」という方針への転換です。痛いところだけ治して終わりにするのではなく、口腔全体の状態を診て、必要な治療と継続管理の必要性を丁寧に伝える。この提案をすべての患者に対してブレずに続けるのです。
すると何が起きるか。「応急処置だけでいい」「言われた歯だけ治してくれればいい」という患者層は、居心地が悪くなります。「この医院は毎回いろいろ言ってくる」という感想を持ち、もっと自分の要求に応えてくれる医院を探し始めます。つまり、急患層は自ら離れていくのです。
これはプロダクトアウト型の発想です。患者が何を望むかに合わせて医院を変えるのではなく、医院が「患者にとって必要なこと」を軸に据えて、その価値観に共鳴する患者と関係を築いていく。マーケティング用語で言えば、マーケットインではなくプロダクトアウトの姿勢です。
最初は患者が減る。それでもブレないことが唯一の突破口
この方針を実行すると、最初は患者数が減ります。これは避けられません。急患層が離れていく一方で、新しい健康感が高い患者層がすぐに来るわけではないからです。
この「患者が減る時期」に、多くの院長が揺らぎます。予約枠が埋まらない。スタッフの稼働が下がる。売上が落ちる。そのプレッシャーの中で、「やはり急患も受け入れよう」とスタッフに指示した瞬間、取り組みは挫折します。
経営的な不安から予約枠を埋めることを優先した段階で、医院は「どっちつかず」の状態になります。急患層は戻ってきても、健康感が高い患者層は集まりません。医院の方針が患者にもスタッフにも伝わらなくなるからです。
逆に、この時期を乗り越えてブレずに続けている院長の医院では、徐々に変化が起きます。丁寧な説明と治療方針に「この医院は信頼できる」と感じた患者が、家族や知人に医院を紹介し始めます。口コミで広がる患者は、紹介者と同じ価値観を持っていることが多い。つまり、医院の方針を理解してくれる患者が、同じような患者を連れてくるという好循環が生まれ始めます。
医院の価値は、どうやって患者に伝わるか
口コミが機能し始めるまでの間、医院の価値を患者に届けるためのマーケティングが必要です。
ホームページは、医院の治療方針を患者に伝える最初の接点です。「どんな患者に来てほしいか」「どんな治療と管理を提供しているか」「なぜ継続管理が大切なのか」を、読んだ患者が医院の価値観を理解した上で来院を決められるように設計する必要があります。「痛みに最大限配慮します」「何でも対応します」という間口の広さではなく、「こういう医院です」という医院の姿勢を明確に伝えることが、合う患者を引き寄せます。ただし、ホームページ事業者に丸投げをすると彼らは「急患も含めて新患が増えるホームページ」を作ります。新患が増えなければ彼らは院長から責められますので、当然の結果となるのです。また、治療品質をアピールしても実態が伴っていなければ患者は離れますので、プロダクトアウトへの移行は医院レベルをある程度まで上げておかないと機能しないのです。
院内でのカウンセリングも重要な接点です。初めて来院した患者に対して、どのような説明をして、どのように医院の方針を伝えるか。治療コーディネーターが患者の価値観や不安を丁寧に聞きながら、医院が提供できることを誠実に伝えるプロセスが機能しているかどうかが、患者が「この医院に通い続けたい」と感じるかを左右します。
ここで大切なのは、カウンセリングが「説得の場」にならないことです。患者に継続管理の必要性を伝えることは大切ですが、それを押しつけに感じた患者は逆に離れます。患者が自分の口腔の状態を理解し、自分で継続管理を選択したいと思えるような対話の質が求められます。
院長がブレた瞬間に、すべてが崩れる
この取り組みで最も重要な要素は、院長がブレないことです。
医院の治療方針は、院長の言動からスタッフに伝わります。院長が「患者にとって必要な治療と管理を誠実に提案する」という姿勢を一貫して持ち続けているとき、スタッフはその方針を自分のものとして行動します。患者へのカウンセリングも、歯科衛生士の定期管理の声かけも、受付での対応も、すべて同じ方向を向きます。
しかし院長がブレると、スタッフはどちらに合わせればいいかわからなくなります。「院長は継続管理が大切と言っているのに、予約枠を埋めるために急患を優先している」という矛盾をスタッフが感じた瞬間、医院内の方針の統一は崩れます。その崩れは患者にも伝わります。
院長がブレる理由は、多くの場合、経営的な不安です。売上が落ちることへの恐れ、患者に嫌われることへの不安。これらは人間として自然な感情です。しかしその不安に負けた段階で、医院の治療品質を高めようとする取り組みは止まります。
先生の医院では、院長の治療方針がスタッフ全員に伝わり、日々の診療の中で一貫して実践されていますか?
まとめ
「痛みが取れたら来なくなる患者」と付き合わなくて済む医院を作ることは、患者を選別することではありません。医院の治療品質と方針を高め、その価値を理解してくれる患者層に選ばれる医院になることです。
そのためには、最初に患者が減るという現実を受け入れる覚悟が必要です。その時期を乗り越えてブレずに続けた院長の医院に、少しずつ変化が起きてきます。健康感が高い患者が集まり、口コミで広がり、スタッフのやりがいが増し、医院の質が上がる。この好循環は、院長の覚悟から始まります。
次回、最終回では、健康感が高い患者層に継続して選ばれる医院になるために、患者とのコミュニケーションの質をどう設計するかをお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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