はじめに
「地域に残り続ける」という言葉を、先生はどう受け取りますか。
存続するだけでいい、という意味ではありません。地域の住民が歯科医療を必要とするとき、真っ先に思い浮かべてもらえる医院であり続けること。患者が転居しても戻ってくる医院であり続けること。スタッフが誇りを持って働き続けられる医院であり続けること。それが、ここで言う「残り続ける」の意味です。
シリーズの1〜3で見てきたように、社会保障制度の再編、人口構造の変化、診療報酬改定の変化は、すべて同じ方向を指しています。提供する歯科治療の質が低い医院、地域の需要構造と合わない医院、医療制度の変化に対応できない医院は、5年~15年という時間軸の中でじり貧になっていく。医療改革の設計図(工程表)はすでに示されており、2040年型社会保障制度は着実に近づいているからです。
では、残り続ける医院と、じり貧になる医院の分岐点はどこにあるのか。今回はその問いに正面から向き合います。
じり貧になる医院の典型的な構造
私が現場で多くの歯科医院の経営を見てきた中で、じり貧になっていく医院には共通したパターンがあります。
最も多いのは、地域の需要と診療の内容が噛み合っていない医院です。平たく言えば、地域需要が限られるのに院長がやりたい診療をしている医院です。
インプラントに力を入れたい。矯正を柱にしたい。自費の審美に特化したい。院長としてそういう志向を持つこと自体は、何も問題ありません。問題は、そのやりたい診療の需要が、自院の立地する地域に十分にあるかどうかを検証せずに突き進んでしまうことです。
たとえば、高齢化が進み高齢者人口でさえ減少を始めている地域で矯正治療を柱に据えても、需要の母数そのものが少ない。富裕層が多いエリアだからといって自費に振り切っても、その富裕層がすでに信頼している医院があれば、新参者には容易に入り込めない。地域の需要構造を読まずに「自分がやりたい診療」を優先した結果、集患に苦しみ、広告費が膨らみ、収益が安定しないという悪循環に陥ります。
やりたい診療を実現したいのであれば、その医療需要が将来にわたって十分にある地域を選んで開業する、あるいは需要がある地域に移転するという発想が先に来るべきです。「規模とブランド」によっては医院の周辺に需要が少なくても遠くから患者を集めることができますが、そんなことが出来る歯科医院は少数です。診療の方向性と立地は、切り離して考えられるものではありません。
保険医療機関としての足元を固める
地域の需要と診療が噛み合っていることを前提として、次に問われるのは「保険医療機関としての足元が固まっているか」です。
シリーズ第3で触れたように、国は今後、算定の実態を伴わない医療機関への評価を厳しくする方向に動いています。青本(歯科点数表の解釈・社会保険研究所発行)に定められた算定要件を、カルテ記載・文書提供・レセプト摘要欄への記載も含めてすべて実態として守れているかどうか。守るのは「当然のこと」として処理されがちですが、実際にすべての算定項目で算定ルールが徹底できている医院は多くありません(意図的ではなく青本を読んでいない)。
施設基準の取得についても、同様です。かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所(か強診)や口腔管理体制強化加算(口管強)の取得率が全国で2割程度にとどまっている現実は、シリーズ第3でお伝えしました。施設基準を取得することは、単に加算が取れるということ以上に、「国が求める医療提供体制の水準を満たしている」という証明です。今後の改定でインセンティブからペナルティ併用への転換が進む中で、施設基準を取得していない医院との差は広がっていきます。
足元を固めるとは、特別なことをすることではありません。保険診療において定められたルールを、定められた通りに、再現性を持って実行できる診療体制を構築することです。それが、制度の変化に耐えられる医院の土台になります。
地域の中での役割を再定義する
足元を固めた上で、次に問われるのは「地域の中で先生の医院はどんな役割を担っているのか」という問いです。
地域包括ケアシステムの中で、歯科医院に期待される役割は年々大きくなっています。訪問歯科による在宅患者への口腔管理、医科・介護・栄養との多職種連携、口腔機能管理を通じた全身疾患の重症化予防。これらは診療報酬の加算として評価されているだけでなく、地域における医院の存在感を高める活動でもあります。今回の改定で訪問分野にNST4が新設されたのも、歯科衛生士の役割を強化し地域連携を進めようとする国の意図があるのです。
かかりつけ歯科医としての機能を実質として持っている医院は、患者との関係が長期にわたって続きます。患者が病気で入院しても関係性が途切れない。家族全員が通ってくる。地域の病院、他の医療機関や多職種から紹介が来る。こうした地域や患者との関係性の厚みは、広告費では買えない資産です。
地域の中での先生の医院の役割を再定義するとは、「治療をする場所」から「地域住民の口腔の健康を長期にわたって管理する拠点」へと医院のポジションを移すことです。この転換は一朝一夕には進みませんが、今から設計を始め実践した医院と、始めていない医院では、5年後に大きな差が生まれます。
「長期管理型」で土台を作り、その上に自費を載せる
保険医療機関として地域に残り続けるための収益構造として、私が最も合理性が高いと考えているのは、長期管理型の保険診療で安定した土台を作り、その上に自費治療を積み上げるという設計です。もちろん、自費治療は先生が儲ける為ではなく2040年型社会保障制度に対応していく為です(詳しくは次の機会に書きます)。
長期管理型の収益基盤とは、歯科衛生士が担当する定期管理の枠を最大化し、継続来院率を高めることで生まれるリピート型の収益構造です。もちろん、C管理や口腔機能管理、生活習慣病連携管理もそこに加わっています。一人の患者が長期にわたって通い続けることで生まれるLTV(顧客生涯価値)を、医院経営の中心に置く考え方です。
歯科衛生士のユニットを増設し、定期管理の患者数を着実に積み上げていくことは、財務的な観点から見ても最も合理性の高い投資のひとつです。初診患者を集め続けることに依存するトライアル型の収益構造と比べて、リピート型の収益基盤は広告効果に左右されにくく、患者との関係が深まるほど安定性が増します。
この長期管理型の土台が機能している医院では、定期管理の流れの中で患者の口腔状態の変化を継続的に把握できるため、患者のインサイトに沿った自費診療の提案が自然な流れで生まれます。「自費を売り込む」のではなく、「継続管理の中で患者の健康感が高まり自費治療の必要性が見えてくる」という構造です。インプラント・矯正・審美といった自費コンテンツは、この土台の上に積み上げることで初めて安定した収益として機能します。
保険診療だけで経営を完結させる道もあります。しかしその場合は、一人当たり・ユニット当たりの生産性を高め、経費を徹底的に管理していく必要があります。診療の効率化と組織の生産性向上なしに、保険診療だけで健全な収益を確保し続けることは、今後の改定環境の中ではより難しくなっていきます。この方法は経営としては成立しますが、院長が歯科医師として満足できるかは別問題です。
まとめ
地域に残り続ける歯科医院の条件を、今回は3つの層で整理しました。
一層目は、地域の需要構造と診療の方向性が合っていること。二層目は、保険医療機関としての足元が算定の実態・施設基準の取得・記録の整備という形で固まっていること。三層目は、長期管理型の保険診療を土台として、その上に自費を積み上げる収益構造が設計されていること。
この三層が重なっている医院は、制度の変化・人口構造の変化・地域の需要変化という外部環境の荒波に対して、相対的に強い耐性を持ちます。
次回シリーズ第5では、この収益構造の設計をさらに具体的に掘り下げます。保険と自費をどう組み合わせるか、ユニット稼働率と人件費率をどう設計するか、診療モデルの再設計という視点から歯科医院経営の未来像を描きます。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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