はじめに
「うちの医院の新患数が、ここ数年じわじわと減っている気がする」
そう感じている院長は、決して少なくないと思います。スタッフの採用が難しくなった、広告費をかけても以前ほど新患が来ない、高齢で通えなくなった患者が増えてきた。そうした個別の課題の背景には、多くの場合、地域の人口構造の変化という大きな流れがあります。
人口減少は「将来の話」ではありません。すでに多くの地方都市では、10年前と比べて15歳未満の人口が目に見えて減り、75歳以上の人口が増え、生産年齢人口(15〜64歳)が着実に縮んでいます。この変化は、歯科医療需要の総量を変えるだけでなく、需要の中身と質を根本から変えていきます。
今回は、人口動態と地域構造の変化が歯科医院経営にどのような影響を与えるのかを、マクロの視点から整理します。
地域によって、歯科医療需要はまったく異なる
歯科医療の需要は、全国一律ではありません。同じ「地方都市」であっても、需要の構造は地域によって大きく異なります。
その違いを生み出す要因は、人口規模や年齢構成だけではありません。その地域の住民の教育水準、所得水準、そして自治体が長年にわたって取り組んできた健康施策の蓄積による健康指数が、複合的に絡み合っています。
たとえば、医師会・歯科医師会と自治体が連携して数十年にわたり健康教育に力を入れてきた地域では、若年層のう蝕率が低く、地域住民の健康感が全般的に高い傾向があります。そうした地域では、治療需要よりも定期管理・予防管理の需要が相対的に大きくなります。
一方で、教育水準や所得水準が低い地域では、親世代に余裕がなく、子どもの口腔ケアへの意識が醸成されにくく、治療を必要とする患者の割合が高くなります。教育と所得は密接に連動しており、地域の産業構造や就業機会の豊かさが、結果として住民の健康行動の差にまで影響を及ぼしています。
先生の医院が立地している地域の歯科医療需要は、どのような構造になっているでしょうか。「なんとなく患者層を把握している」という感覚的な理解ではなく、地域の人口動態データや健康指数を経営の判断材料として活用できているかどうかが、これからの戦略立案の起点になります。
人口流出は「大学進学」と「就職」の二段階で起きる
地方都市の人口減少がなぜこれほど加速するのかを理解するには、人口の社会的移動のメカニズムを押さえておく必要があります。
地方から若者の人口が流出するタイミングは、主に二つあります。一つ目は大学進学のタイミングです。地元に希望する進学先がなければ(親元を離れて都市部に出たいという欲求も強い)、18歳で県外へ出ていきます。二つ目は就職のタイミングです。大学を卒業しても地元に魅力的な就職先がなければ、そのまま都市部に定着します。
ここで見落とされがちなのは、「大学はあっても人口流入につながらない」地域の存在です。たとえば京都市のように、大学が多く学生の数は豊富でも、卒業後に留まれる有力な就職先が少ない場合、学生は卒業とともに他の都市へ流れていきます。大学の存在が必ずしも定住人口の増加につながるわけではないのです。
つまり、地域に住民が定着して生活を営むためには、病院・学校・商業施設・交通インフラ・雇用機会という生活基盤がそろっている必要があります。これらのインフラが地域から一つひとつ失われていくにつれて、住民の社会的移動は加速していきます。
国の医療提供体制の再編が、地域住民の移動をさらに加速させる
こうした人口の自然な移動に加えて、国の医療政策がさらに拍車をかけています。
国は、全国の隅々に医療機関を均一に配置し続けることを前提とした政策設計をすでに諦めています。地方都市であれば、その中心部に3次・2次医療機能を集約し、1次医療が撤退した周辺地域は巡回診療車やオンライン診療でカバーするという方向性が明確になっています。
この方針は、住民の行動を変えます。医療機関・学校・商業施設が市の中心部に集まれば、住民は利便性を求めて中心部に移動します。中心部への移動でも生活基盤が整わなければ、都市部や他府県へと向かいます。こうして、人口の社会的移動はさらに加速していくのです。
歯科医院にとってこのことが意味するのは、「自院の周辺人口は今後どう変化するか」という問いを、5年・10年・20年のタイムラインで真剣に考える必要があるということです。今は患者数が安定していても、地域の人口構造が変われば、その安定は保証されません。
都市中心部以外の歯科医院に、何が起きるか
市の中心部ではなく、高齢化が進む郊外の住宅地の中に立地している歯科医院。あるいは、かつては利便性の高かった場所に開業したが、周辺の開発が止まり、商業施設も撤退し始めている地域の歯科医院。こうした立地の医院に、これから何が起きるかを考えてみてください。
人口の社会的移動は、一夜にして起きません。10年・20年という時間軸でゆっくりと進行します。だからこそ、経営への影響は「じわじわと」現れます。最初は新患数の微減、一日の患者の微減、そして患者の高齢化による来院頻度の変化。気づいたときには、収益の構造が静かに変わっています。
さらに深刻なのは、患者が減るだけでなく、スタッフの採用難も同時進行することです。生産年齢人口が減れば、歯科衛生士・診療スタッフの採用市場も縮小します。人が集まらなければ診療体制を維持できず、診療体制が整わなければ予約枠を一部閉じざるを得ない。この悪循環は、人口減少地域では特に顕著に現れます。
過疎化が進む地域の周辺部に立地する歯科医院が生き残るためには、「わざわざここに来る理由」を患者に提供できるかどうかにかかっています。近くにある歯科医院ではなく、「この医院でなければ」と思わせる専門性・信頼・関係性の厚みが、地域の変化に抗する唯一の武器になります。
今から手を打つために:3つの視点
では、院長は今何をすべきか。戦略の方向性は医院の立地・規模・強みによって異なりますが、共通して持つべき視点を3点整理します。
1.自院の商圏を数値で把握する
自院の半径2km・5km圏内の人口推移、年齢構成、世帯数の変化を、国勢調査や自治体の人口ビジョンをもとに確認してください。「感覚」ではなく「データ」で商圏を理解することが、戦略立案の出発点です。他にも市の開発計画や交通インフラの将来予測、重要インフラ(病院、学校、商業設備等)の今後など調べておくことは多くあります。
2.診療圏を広げる専門性・希少性を磨く
潜在的需要があり治療内容の希少性が高いほど、患者が来院する診療圏は広がります。周辺地域から人口が流出しても、より広い圏域から患者を引き付けられる専門性があれば、影響を緩和できます。何を強みとして磨くかを、地域の需要構造と照らし合わせて設計することが必要です。一方で、アライナー矯正など、一見、参入障壁が低いと思われがちな治療には多くの歯科医院が参入しレッドオーシャンになります。レッドオーシャンで勝ち抜ける医院は限られますので、医院の経営資源によっては「参入しない」と決めることも大切なのです。
3.10〜20年の経営環境変化を前提に、今の投資判断をする
設備投資・人材育成・組織構築のすべての判断において、「5~10年後の地域はどうなっているか」を前提条件として設計してください。今の需要を前提にした投資判断は、地域の構造変化の前では機能しなくなります。
院長のリタイア年齢にもよりますが、場合によっては医院の移転も選択肢の一つとなります。
まとめ
人口減少と地域構造の変化は、歯科医院経営にとって避けられない外部環境の変化です。しかし、それを「仕方のないこと」として受け身で待つのか、「手を打てる変化」として戦略的に向き合うのかで、10年後の医院の姿は大きく変わります。
重要なのは、変化のスピードが遅いからこそ、早く気づいた院長だけが選択肢を持てるという事実です。じり貧の構造に気づくのが遅れれば遅れるほど、資金やその他の経営資源も不足し、打てる手は限られていきます。
第3回では、今回の診療報酬改定を令和10年改定への布石として読み直し、国が歯科医療提供体制をどこへ誘導しようとしているかを整理します。地域の人口動態と国の政策方向性、この二軸を重ね合わせて読むことで、先生の医院が取るべき戦略の輪郭が見えてきます。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
![]() |
|
![]() |
|
![]() |

















