先日参加したセミナーで、衝撃的な数字を聞いた
先日、ニッチの会主催の診療報酬改定の活用法を学ぶセミナーに参加。その場で示されたデータに、私は改めて驚きました。
口腔機能管理体制強化加算(口管強)の施設基準を取得している歯科医院は、全国でおよそ2割程度にとどまっているというのです。以前の「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所(か強診)」のときも、取得率は同じような水準でした。取得する院長は増えているものの歯科医院全体から見るとまだまだ少ないと感じるのです。
物価が上昇し、人件費が高騰し、採用が困難になっているこの経営環境で、口管強加算なしに経営していくということの意味を、取得されていない院長は気づいておられないのかもしれません。
今回のシリーズでは、日本の社会保障制度改革という大きな流れの中で、歯科医院経営がどこへ向かっているのかをお伝えしていきます。遠い未来の話ではなく、今この瞬間に始まっている変化の話です。
日本の皆保険制度は、ゆっくりと解体されつつある
日本が誇ってきた国民皆保険制度は、このまま永続するのでしょうか。残念ながら私はそう考えていません。
現在起きていることを整理すると、国民負担率の段階的な引き上げ、年金制度の改革、医療保険・介護保険の自己負担率の見直し、OTC類似薬の保険適用除外の拡大。これらは個別の政策変更ではなく、2040年型の社会保障制度に向けた、一本の大きな流れの中の各地点です。
国は一度に大きな制度変更をすることを避けています。一度に大きな負担増を求めれば、国民の反発が起きます。しかし現役世代・高齢者・富裕層・一般市民というように、カテゴリーを分散させながら少しずつ負担を増やしていけば、大きな反発は起きにくい。人間の脳は、緩やかな変化に適応する性質があります。国はその性質を利用した設計で制度改革を進めているのです。
そして政治的な環境も変わりました。かつては社会保障制度改革に対して一定の抵抗勢力が存在しましたが、現在の政治状況では改革を押しとどめる力は大幅に弱まっています。この社会保障改革の流れを止める要因は、今のところ見当たりません。
向かう先は、EU諸国に近い形の社会保障制度です。公的保険の給付範囲が限定され、自己負担が増え、民間保険の役割が大きくなる。この方向性は、日本の歯科医療の収益構造を根本から変えていく可能性があります。
診療報酬改定の予算は限られている ― 増点されるのは「国が進めたい分野」だけ
診療報酬の改定予算は限られています。その限られた予算の中で、厚生労働省が進めたい政策分野に重点的に点数が配分されます。
逆に言えば、国が重視しない分野の点数は増えません。補綴など従来から算定されてきた処置の点数を大きく引き上げて強化しようという方向性は、近年の改定では見られません。国が評価するのは、口腔機能管理、医科歯科連携、訪問歯科、重症化予防管理・・・。これらの分野です。
つまり、「今まで通りの診療を続けていれば、診療報酬もそれなりに入ってくる」という前提は、すでに崩れ始めています。国が重点的に評価する分野に対応している医院と対応していない医院で、受け取れる点数の差は改定を重ねるほど広がっていきます。
口管強施設基準を取得していない8割の歯科医院は、取得している2割の医院と比べて、すでに算定できる点数の幅が狭い状態にあります。そして今回の令和8年改定でも、新たに設けられた加算や施設基準への対応状況によって、差はさらに広がっています。
先生の医院は今、国が評価する方向に対応できていますか。
令和10年・12年に向けて、何が起きようとしているか
ここから先は、現時点での方向性として読んでいただければと思います。社会的・政治的な背景によって変わる可能性はありますが、大きなベクトルは見えています。
令和10年から12年にかけて、新たな地域医療構想に基づいた都道府県の施策が本格化する見通しです。病院の病床数削減が進み、医療提供体制が地域によって大きく変わっていくでしょう。医療資源を地域の中心部に集中したとしても、地方では二次救急・三次救急の維持が困難になるエリアが増え、医療の「空白地帯」が広がる可能性があります。
歯科においては、標準型電子カルテの普及と共通算定モジュールの導入が進むにつれ、レセプト審査の精度が上がっていきます。AIによるレセプト提出前の自動審査が広がれば、算定要件を満たしていない請求は提出前に弾かれる時代が来るかもしれません。適時調査も電子カルテ+レセプト+ホームページ等のデータによる常時監視に移行する可能性があります。
こうした変化が重なる時期に、施設基準の取得や医療政策への対応を積み重ねてこなかった医院は、経営的に厳しい局面を迎える可能性があります。一方、変化に対応し続けてきた医院は、その時点でも「変化に対応できる組織」として動き続けられます。
この「変化の方向を読み、変化に素早く対応できる組織」をつくることができるかどうかが、これからの歯科医院経営の最大の分岐点だと私は考えています。
多くの院長はなぜ動かないのか
ここまで読んで、「分かってはいるが…」「まだ、もうちょっと大丈夫だろう」という気持ちになっている院長がおられるかもしれません。
人は、遠い未来の話を聞いても動きません。直近に大きな損害が生じる可能性があると感じたとき、初めて動きます。口管強施設基準の取得率が2割程度にとどまっているのも、おそらく同じ理由です。「取得しなくても今すぐ大きな損害はない」「十分に経営できている」という感覚が、行動を先延ばしにさせます。
しかし施設基準の取得は、思い立ったその日に完結するものではありません。スタッフへの教育、オペレーションの変更、届出書類の整備等々、準備に時間がかかります。令和10年・12年改定で「その施設基準がなければ算定できない加算」が増えたとき、慌てて準備を始めても間に合わない場面が生まれます。
このシリーズを読んでいる院長(レイトマジョリティ)の大多数も、おそらくすぐには動かないでしょう。それは私も分かっています。しかし、このシリーズが何かの気づきのきっかけになり、今いる場所から一歩踏み出す院長が一人でも増えれば、それでこのシリーズを書く意味があります。
今から始めることが、なぜ重要なのか
口管強施設基準をはじめとする施設基準の取得と活用は、取得した瞬間から収益に直結します。算定開始から半年が過ぎたとき、前年比で確実に増点している状況をつくること。これは院長が経営者として取り組むべき必須の役割です。
「口腔機能実地指導料」「重症化予防連携強化加算」「電子的歯科診療情報連携体制整備加算」「義管」「歯リハ1」「在宅療養支援歯科診療所加算1」・・・。今回の改定で新設・改定されたこれらの項目は、取り組んでいる医院と取り組んでいない医院の差を、数字として積み上げていきます。一年で見ると小さな差でも、次の改定、その次の改定と重なるにつれ、経営体力の差は取り返しのつかない水準になります。例えば今回の改定の解説本に掲載されているデンチャーの算定例を見ても、4日の治療日数で749点の増点となっているのです。
社会保障制度改革という大きな流れは、一人の院長が止められるものではありません。しかし、その流れを読んで自院の経営を変えていくことは、今日から始められます。
先生の医院は今、その一歩を踏み出す準備ができていますか。
まとめ
日本の社会保障制度改革は、大きな流れとして着実に進んでいます。皆保険制度の給付範囲は段階的に見直され、診療報酬は国が重点的に評価する分野に集中して配分されていきます。口管強施設基準の取得率が2割程度にとどまっているという現実は、多くの院長がこの流れに対応できていないことを示しています。
次回は、人口減少と高齢化が歯科医院経営をどう変えるかを、地域差と需要構造の変化という視点でお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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