政敵を閣僚に据えた大統領
1860年、エイブラハム・リンカーンはアメリカ合衆国第16代大統領に就任しました。
無名の田舎弁護士出身の彼が共和党の大統領候補に選ばれたこと自体、当時の政界では驚きをもって受け止められました。
大統領選では、実績と知名度を持つ強力なライバルたちを抑えての当選でした。
就任後、リンカーンが行った組閣は、さらに多くの人を驚かせました。
大統領選で彼と熾烈に争ったライバルたちを、そのまま閣僚に登用したのです。
国務長官には最大のライバルだったウィリアム・スワード、財務長官にはサーモン・チェイス、司法長官にはエドワード・ベイツ。いずれも選挙で激しく対立した相手です。
周囲は首をかしげました。自分より知名度が高く、強い意見を持つ政敵を近くに置けば、政権運営が混乱するのは目に見えている。
そう思われたのです。しかしリンカーンの考えは正反対でした。
「ライバルのチーム(Team of Rivals)」という発想
歴史学者のドリス・カーンズ・グッドウィンは、リンカーンのこの統治スタイルを「Team of Rivals(ライバルのチーム)」と名づけました。
2005年に出版されたその著書は世界的なベストセラーとなり、第44代大統領バラク・オバマが「大統領に就任する際にホワイトハウスへ持っていく一冊」として挙げたことでも知られています。
オバマ自身も、このリンカーンの手法を踏まえ、大統領選でのライバルだったヒラリー・クリントンを国務長官に起用しました。
リンカーンはなぜ政敵を登用したのか。
それは、彼が「自分に都合のいい人物ではなく、国に必要な能力を持つ人物」を集めようとしたからです。
スワードは外交の専門家、チェイスは財政の論客、ベイツは法律家としての知見を持っていた。
それぞれが自分とは異なるタイプであり、時には鋭く意見が対立することもあった。
しかしリンカーンはその摩擦を恐れませんでした。むしろ、多様な視点がぶつかり合うことでより良い判断が生まれると信じていたのです。
南北戦争という国家存亡の危機を乗り越えられたのは、この「ライバルのチーム」が機能したからだと多くの歴史家が評価しています。
「自分と違うから使いにくい」という院長の無意識
さて、歯科医院の組織に目を向けてみましょう。
先生の医院には、どんなスタッフがいますか。
几帳面で慎重なスタッフ、感情豊かで患者への共感力が高いスタッフ、論理的に考えるのが得意なスタッフ、直感とスピードで動くスタッフ。
それぞれに強みがあるはずです。
しかし現場では、こんな声をよく聞きます。
「あのスタッフは自分のやり方と合わない」「何度言っても動き方が違う」「院長に確認せずに勝手に動く」「チーフに向いていない気がする」。
こうした評価の裏に、実は院長自身の「自分と似ているかどうか」という基準が潜んでいることがあります。
MBTIやソーシャルスタイル理論が示すように、人は自分が得意なスタイルを基準に他者を評価しがちです。
論理的に考えることが得意な院長は、感覚的に動くスタッフを「考えが足りない」と見てしまう。
スピード重視の院長は、慎重に確認しながら進むスタッフを「仕事が遅い」と感じてしまう。
先生の医院では、スタッフへの評価に「自分と似ているかどうか」が影響していないでしょうか?
これは院長の人格の問題ではありません。人間が本来持っている認知の傾向です。
しかし、それに気づかないままでいると、チームの多様性が静かに失われていきます。
リンカーンの強さは「自信」と「度量」から生まれた
政敵を登用するためには、相当の度量が必要です。
自分より優秀かもしれない人物、自分に反論してくるかもしれない人物を、あえて近くに置く。
それには「自分の立場を脅かされるかもしれない」という不安を乗り越える必要があります。
リンカーンにその度量があったのは、自分の使命に対する強い確信があったからだと言われています。
「国をひとつに保ち、奴隷制を廃止する」という目標が明確だったからこそ、そのために必要な能力を持つ人物を、好き嫌いに関係なく集めることができた。
ドラッカーはこんな言葉を残しています。
「部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない。そのような者は人間として弱い。」
自分より優秀なスタッフ、自分と異なる意見を持つスタッフを脅威と感じるリーダーは、無意識にそういった人材を遠ざけます。
結果として、チームは「院長に都合のいい人たち」だけで固まっていく。これが組織の停滞を生む構造です。
リンカーンが南北戦争という極限状態でチームを機能させられたのは、「自分に似た人間を集めた」からではなく、「必要な強みを持つ人間を集めた」からです。
スタッフの個性をまるごと認めることが、チームの力を解放する
歯科医院の組織づくりにおいても、同じ原理が働きます。
スタッフの個性をまるごと認めるとは、「全員を同じように扱う」ことではありません。
それぞれが持っている強みを、医院にとっての資源として見ることです。
慎重なスタッフはミスを防ぐ役割を担える。
共感力の高いスタッフは患者との信頼構築に力を発揮できる。
論理的なスタッフは業務改善の提案ができる。
こうした見方ができると、院長のスタッフへの関わり方が根本から変わります。
そして、院長から「自分は必要とされている」「自分の強みが活かされている」と感じるスタッフは、自ら考えて動くようになります。
指示を待つのではなく、自分の得意領域で貢献しようとする姿勢が生まれる。
これこそが、組織に心理的安全性(失敗や発言を恐れずにいられる職場環境)が生まれるときに起きる変化です。
院長が多様な個性を受け入れたチームこそが、スタッフの採用と定着・組織の成長という、歯科医院が今直面している課題を乗り越える力を持ちます。
まとめ
リンカーンは政敵を恐れませんでした。
彼らの強みを必要としていたからです。
自分と異なるタイプの人物があえて近くにいることで、一人では気づかなかった視点が加わり、チームとしての判断の質が高まっていく。
この原理は、150年以上の時を超えて、今も変わりません。
先生の医院のチームに、多様な個性は揃っていますか。
そして院長は、自分と違うタイプのスタッフの強みを、正当に評価できているでしょうか。
実際にスタッフと面談していくと、得意にしている仕事(役割)を与えられずに才能が眠っていることが多くあります。
院長がそのスタッフに求める役割が別にあり、苦手な役割を求められて苦戦し院長の評価も低い。
いわゆる適材適所が出来ていないのです。
先生の医院ではスタッフ一人一人の特性に合った役割が与えられて、能力を発揮するための権限が与えられていますか?
一度、お考えいただければと思います。
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