6月から令和8年診療報酬改定が施行されます。今回のシリーズでは、改定の個々の点数変化を解説するのではなく、「診療報酬改定を経営に活かす」という視点からお伝えしていきます。
最初に、正直にお伝えしなければならないことがあります。
医院を変化させないままで、これからの10年を乗り越えられるほど、歯科医院経営は甘くありません。
物価上昇、人件費の高騰、採用難、診療報酬の抑制、患者の高齢化、競合の増加・・・。これらが同時進行する中で、「今のやり方でまだ何とかなる」という感覚は、少しずつしかし確実に通用しなくなっています。今日は黒字でも、3年後・5年後に同じ収益を維持できる保証はどこにもありません。
このシリーズは、変化に向き合う準備ができている院長に届けたいと思っています。今この瞬間に「自分の医院を本気で変えたい」と感じている院長には、必ず役立つ内容をお届けします。
診療報酬改定が「経営の道具」になっていない
診療報酬改定のたびに、院長は改定内容を確認します。算定している項目の点数が上がったか下がったか。新しく算定できる項目は何か。施設基準の変更はあるか。こうした確認は多くの院長が行います。
しかしその先、「今回の改定を使って自院の経営をどう変えるか」という問いに向き合っている院長は、ごく少数です。
診療報酬改定は、国が歯科医療機関に何を求めているかを示すシグナルです。点数の変化は結果であり、その背後には国の医療政策の方向性があります。この方向性を読まずに、点数だけを見ていると、改定を「対応しなければならない事務作業」として処理することになります。改定が「経営の道具」ではなく「義務」になってしまうのです。
先生の医院では、今回の改定をどのように受け止めていますか。
院長が改定を経営に活かせない、七つの理由
私が現場で見てきた経験から、院長が診療報酬改定を経営に活かせない理由を整理すると、おおむね以下のパターンに分かれます。
一つ目は、改定を「流れ」ではなく「点」で見ていることです。今回の改定で自分が算定している項目がどう変わったかは確認するが、改定が積み重なってどういう方向に向かっているかを読もうとしない。その結果、次回・次々回の改定で何が起きるかを予測できず、常に後手に回ります。
二つ目は、国の医療政策を読んで「3年後・5年後に自院をどう変えるか」というビジョンがないことです。改定への対応は「今の診療への影響」の範囲にとどまり、中長期の経営戦略に結びついていません。
三つ目は、改定に対応できる経営力とスタッフの能力が育っていないことです。新しい算定項目を追加しようとしてもオペレーションを変える必要があり、スタッフへの説明と教育が伴います。院長が新しい領域を深く理解していなければ、スタッフに説明しても上手く機能しません。「口腔機能実地指導料」のオペレーションへの組み込みなどが典型例です。
四つ目は、国が歯科医療機関に求めるレベルが高くなり、範囲が広くなっていることです。口腔機能管理、医科歯科連携、訪問診療。こうした領域への対応は、かつての歯科医院の役割像を大きく超えています。「自分はそこまでやれない」という感覚が、対応を後回しにさせます。
五つ目は、国が強化したい分野に多くの医院が取り組めていないことです。口腔機能管理・多職種連携・訪問診療。これらは制度として整備されていますが、実際に取り組めている医院は限られています。取り組めていない理由は、知識不足・人材不足・時間不足・意欲不足と様々ですが、結果として算定できる点数を取り損ねています(戦略的にその分野を捨てるのはOK)。
六つ目は「今のやり方でまだ何とかなる」という現状維持バイアスです。黒字が続いている間は、変化のコストを払う動機が生まれにくい。しかし黒字が続いているのは、過去に積み上げた患者基盤と信頼があるからです。その基盤は時間とともに変化します。気づいたときには手遅れになっているという事態が、実際に起きています。
七つ目は、特に50歳以上の院長に多いパターンとして、すでに十分な資産を蓄えており、新たなことに取り組む意欲が下がっていることです。「あと何年かで引退する」という感覚があると、変化への投資意欲は低下します。しかし引退まで医院が安定して動き続けるためにも、変化への対応は必要です。
改定が求めているのは「収益モデルの転換」である
今回の改定を含め、近年の診療報酬改定が一貫して強化しているのは、「長期管理」と「連携管理」という考え方です。患者が困ったときだけ来院して治療する「トライアル型」から、患者の健康を継続的に管理しながら長期にわたって関わり続ける「リピート型」への転換を、国は制度を通じて促しています。
しかしトライアル型で経営してきた院長にとって、この転換はなじみにくいものです。「継続管理より自費治療の方が単価が高い」「新患を増やすことが収益の柱だ」という感覚は、長年の経験から来ているため、簡単には変わりません。
ここに、改定を経営に活かすことの本質的な難しさがあります。点数の変化に対応することは技術的な問題です。しかし収益モデルを転換することは、医院の経営哲学を変えることに近い。だからこそ、多くの院長がこの壁の前で止まります。
しかし現実を見てください。国は診療報酬という制度を通じて、長期管理・連携管理に取り組む医院を評価し、取り組まない医院との差を広げ始めています。この流れは令和10年・12年改定に向けてさらに強まります。今の収益モデルを変えないことは、将来的に算定できる点数が減り続けることを意味します。
「まだ大丈夫」が一番危ない
私が40年以上、医療機関の経営を見てきて感じることがあります。経営が本当に苦しくなってから相談に来る院長は、すでに打てる手が限られている状態にあることが多い。逆に、まだ余裕があるうちに動き始めた院長は、変化に柔軟に対応できます。
「まだ大丈夫」という感覚は、変化を先延ばしにする最も強力な言い訳です。今日の黒字が、明日も続く保証はありません。患者の高齢化、競合の参入、スタッフの離職、採用難。これらはいつ、どのタイミングで経営に影響してくるか分かりません。
診療報酬改定は、そうした変化の中で「今、医院を変える理由」を与えてくれる機会です。制度が変わるタイミングは、オペレーションを見直し、新しい取り組みを始める正当な理由になります。この機会を使わないことは、変化のチャンスを自ら手放すことです。
先生の医院は今、変化に向き合う準備ができていますか。
まとめ
診療報酬改定を経営に活かせない院長には、共通したパターンがあります。改定を点で見て流れを読まない。ビジョンがない。対応できる組織が育っていない。現状維持バイアスがある。これらは個人の問題ではなく、歯科医院経営の構造的な課題です。
しかしこの課題に気づき、向き合おうとする院長だけが、これからの10年を乗り越えられます。改定を義務として処理するのか、経営を変えるきっかけとして使うのか。この違いが、数年後の医院の姿を決めます。
次回は、令和8年改定が示している「国の意図」を読み解きます。個々の点数変化の背後にある方向性を理解することが、改定を経営に活かす第一歩になります。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。

















