今日から新シリーズ「患者を健康に導く関わり方」です。「患者満足」を考えることは経営的には重要ですが「患者が満足したら患者が健康になる訳では無い」と私は感じています。医療におけるスキルには治療技術以外の分野も多くあり、その一つが医療面接など患者を健康に導く為のコミュニケーションスキルです。ただ、多くの歯科医院でスタッフと関わってきて、患者との会話が上手なスタッフは多いが、患者を健康に導く為に必要なコミュニケーションスキルを身に着けているスタッフと出会う機会はまだまだ少ないとも感じるのです。
そこで、今日からは患者が健康になっていくことで患者満足度が上がり医院から離れなくなる。そうなる為にどんな患者との関わり方が必要かについて書いていきます。
患者を「集める」ことと、患者が「健康になる」ことは別の話である
患者満足度を高めることに熱心な歯科医院が増えています。丁寧な接遇、快適な待合室、充実したサービス、細かな気配り・・・。これらは患者が「また来たい」と思う動機になります。
しかし、ここで一つ立ち止まって問いたいことがあります。
その「また来たい」という気持ちは、患者が健康になっているから生まれていますか。それとも、居心地が良いから生まれていますか。
この二つは似ているようで、根本的に違います。居心地の良さで患者を引きつける医院は、患者を「依存」させることで通院を続けさせています。患者が健康に向かっているから通院を続ける医院は、患者が「自分の健康のために来ている」という主体性の中で関係が続いています。
どちらの関係を築くかは、院長とスタッフが「患者にとって何が本当に良いことなのか」をどう定義しているかで決まります。
「ナッジ」と「スラッジ」――患者へのアプローチはどちらか
行動経済学に「ナッジ」という概念があります。人々が自分にとって良い選択を自然にできるよう、環境や情報の提示の仕方を工夫して背中を押すことです。強制せず、選択の自由を保ちながら、より良い行動に向かわせる。これはヘルスプロモーション(健康増進)の分野で広く活用されています。
一方、「スラッジ」はナッジの反対です。人々が本来すべき行動を取りにくくしたり、本人の利益にならない選択に誘導したりする仕掛けのことです。テレビやネットの通販番組は人の認知バイアスを利用して構成されていて、スラッジとまでは言いませんが視聴者を巧みに「購入」に誘導しようとしているのです。
歯科医院の患者との関わりの中にも、この二つは潜んでいます。患者が自分の口腔の状態を理解し、自分で健康を守ろうとする意欲を引き出す関わりはナッジです。しかし、患者の不安を必要以上に煽って治療を勧めたり、患者が自分で判断できる情報を与えずに依存させたりする関わりはスラッジになります。患者の心理状態によっては一時的に「依存」を活用することはありますが、あくまでも患者が主体的に判断しながら健康に向かうのをサポートするのが医療従事者の役割なのです。
自院の患者への関わりがナッジになっているか、スラッジになっていないか。これは院長と院長スタッフが定期的に問い直すべき問いです。
リバタリアンパターナリズム――患者の自律を守りながら支える
ヘルスプロモーションの分野では「リバタリアンパターナリズム」という考え方が基本とされています。少し難しい言葉ですが、考え方はシンプルです。
「リバタリアン(自由主義)」は、個人の選択の自由を最大限に尊重するという立場です。「パターナリズム」は、専門家が相手の利益のために関与するという立場です。この二つを組み合わせたリバタリアンパターナリズムは、「患者の選択の自由を尊重しながら、より良い選択に向かうよう専門家として関わる」という姿勢を意味します。
医療者が患者に「○○しなさい」「○○はダメです」と命令したり、患者が自分で判断できる情報を与えずに依存させたりすることは、この考え方とは対極にあります。患者が自分の健康について十分な情報を持ち、自分で選択できる状態を維持しながら、その選択が健康に向かうよう支えることが、医療者の本来の役割です。
先生の医院での患者への関わりは、患者の自律を守っていますか。それとも、気づかないうちに患者の主体的な判断を奪っていませんか。
「ダメ出し」では、患者は変わらない
多くの歯科医院で、こんな場面が繰り返されています。歯磨きが不十分な患者に「もっとちゃんと磨いてください」と伝える。喫煙している患者に「タバコは歯周病に悪いですよ」と注意する。甘いものをよく食べる患者に「むし歯になりますから控えてください」と言う。
これらは医療者として正しいことを言っています。しかし、患者は変わりません。なぜでしょうか。
「ダメ出し」は患者の防衛反応を引き起こすからです。自分の行動を否定された患者は、心を閉じます。「分かってはいるんですけど…」「でも…」「忙しくて・・・」という言葉が出てくるとき、患者は変わる気持ちになっていません。医療者が伝えた内容は、患者の心の外で弾かれています。
歯科衛生士による口腔衛生指導(OHI)も、治療コーディネーターによる治療内容の説明も、院長による診断の説明も、すべての患者とのコミュニケーションにおいて、この構造は同じです。「正しいことを言えば伝わる」という前提は、医療の現場では通用しません。
全受容が、患者の変化の出発点になる
では、患者はどうすれば変わるのでしょうか。
出発点は「全受容」です。患者のありのままを肯定的に捉え、現状に寄り添うことです。
喫煙している患者に「タバコは体に悪い」と言う前に、「ずっと喫煙されてきたんですね。やめようと思ったことはありますか?」「どんな時にタバコを吸いたくなりますか?」と聞いてみる。磨けていない患者に「磨いてください」と言う前に、「毎日のケア、難しいですよね。どんなときに磨けない感じがありますか?」と聞いてみる。
この問いかけは、患者を責めていません。患者の現実を受け取ろうとしています。患者は「この人は私を批判しない」と感じたとき、初めて心を開きます。そして心が開いたとき、自分の行動を自分で振り返ることができるようになります。そのタイミングで「ソリューションフォーカスアプローチ」などのスキルを使って患者の背中を押すのです。
全受容とは、患者の誤った行動を「正しい」と認めることではありません。患者の存在をまるごと肯定的に受け取ることです。この土台なしに、患者が自分の行動の間違いに自分で気づいて修正することはありません。「気づき」は外から与えられるものではなく、患者の内側から生まれるものだからです。
まとめ
患者との関わり方シリーズの第1回として、「患者が主役である」という根本的な視点をお伝えしました。
患者を依存させて集患することと、患者が健康になっていくことは別の話です。ナッジとスラッジの違いを意識すること、リバタリアンパターナリズムという考え方を持つこと、そして全受容を出発点にすること。これらが、患者との関わりを「医療」として機能させるための土台です。
ちなみに院長がこれらのスキルを使えるようになると、スタッフマネジメントの達人にもなれます。スタッフも自分が主役であるから輝こうとするからです。
次回は、患者の心を開く傾聴・質問・共感の具体的なスキルをお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
![]() |
|
![]() |
|
![]() |

















