ベースアップ評価料は「取れるなら取った方がいい加算」ではない
ベースアップ評価料について「うちはまだ算定していません」という院長に、お伝えしなければなりません。
ベースアップ評価料は、数ある加算の中の一つではありません。これは国が歯科医院に対して「継続的な賃上げに取り組むかどうか」を問うている制度です。そして今回の令和8年改定で、その問いかけは明らかに「取り組まない医院は評価しない」という段階に入りました。
令和6年改定でベースアップ評価料が新設されたとき、多くの院長は「とりあえず様子を見よう」と判断しました。しかし今回の改定で国は、令和6年から継続して賃上げに取り組んでいる医院とそうでない医院に、明確な評価の差をつけ始めました。さらに令和8年度と令和9年度の二段階で評価を引き上げる構造になっています。
つまり「まだ様子を見よう」と判断し続ける院長は、改定のたびに差を広げられる側に立つことになります。
国はなぜ、これほど賃上げにこだわるのか
ベースアップ評価料を理解するためには、国がなぜこれほど賃上げにこだわるのかを知る必要があります。
日本経済全体で見ると、賃金の上昇が消費を活性化し、消費が企業収益を高め、企業収益がさらなる賃上げにつながる。この「経済の好循環」を実現することが、現政権の最重要課題の一つです。安倍政権からの経済政策を継承する現政権は、この好循環を民間任せにせず、あらゆる産業に対して政策的に賃上げを促しています。
医療は公的保険で運営される産業です。一般企業のように自由に価格を上げることはできません。だからこそ、診療報酬という制度を通じて賃上げの原資を手当てし、実績報告を通じて「本当に賃上げに使われているか」を厳格に確認する。この構造が、ベースアップ評価料の本質です。
国はこの仕組みを「歯科医院への支援」として提供しています。しかし裏を返せば、この支援を受けない医院は「賃上げに取り組まない医院」として制度的に区別されていくことを意味します。
継続的な賃上げができない企業は淘汰される・・。これは歯科医院も同じ
ここから少し広い視野でお話しします。
日本の企業の99.7%は中小企業です。長年、この構造の中で小規模事業者は保護と支援の対象として位置づけられてきました。しかし近年、国の中小企業政策は変わりつつあります。弱者を一律に支援するというよりも、事業規模を拡大しようとする一定規模以上の企業を重点的に支援する方向に傾いています。
この方向性を歯科医院経営に当てはめると、こうなります。小規模零細で経営力がなく、継続的な賃上げができない医院は、淘汰されてもやむを得ない。国はそう考えているのです。
そして、国民にもリスキリングを推奨しデジタル社会への人材以降を進めようとしている。
厳しい言い方ですが、これは推測ではなく、制度設計の方向性を読めば論理的に導かれる結論です。国は2040年以降の医療需要をもとに必要な医師数・歯科医師数を計算しており、現在の数は過剰と見ています。大学の定員削減や国家試験の難易度調整を通じて、必要数まで減らす方向に動いています。経営力のない医院が自然に減っていくことは、国にとって政策目標と矛盾しません。
「算定しない」ことのコストは、今後加速度的に増える
ベースアップ評価料を算定しないことで起きるリスクを、短期・中期・長期で整理します。
短期的には、スタッフの採用と定着への影響です。同じ地域でベースアップ評価料を算定して賃上げしている医院と、算定していない医院があれば、求職者は当然前者を選びます。歯科衛生士の採用倍率が20倍を超える中で、賃金水準で差がつくことは採用力の決定的な差になります。在籍しているスタッフにとっても、近隣の医院が賃上げしている中で自院だけ据え置きとなれば、離職の動機になります。
中期的には、算定できる点数の幅が狭くなるリスクです。令和10年・12年以降の改定で、ベースアップ評価料の施設基準を満たしていることが、他の加算の算定要件に組み込まれていく可能性があります。今回の改定でも、施設基準間の連動は強まっています。ベースアップ評価料を算定していない医院は、それだけで将来的に算定できない点数が増えていく可能性があります。
長期的には、経営体力の差が開き続けることです。賃上げに取り組んでいる医院は、人材が集まり、定着し、組織力が高まり、患者満足度が上がり、収益が安定するという好循環に入ります。一方、取り組めない医院は人材が流出し、組織力が低下し、患者対応の質が下がり、収益が減るという悪循環に入ります。この差は時間が経つほど広がります。
「算定できない」のか「算定しない」のかを、正直に問う
ベースアップ評価料を算定していない院長に、もう一つ聞いてみたいことがあります。
経営状態が厳しく「算定できない」のですか、それとも「算定しない」のですか。
経営状況として本当に賃上げの原資を確保できないのであれば、それは収益構造そのものを見直す必要があるということです。前回のシリーズでお伝えした、リピート型収益への転換、生産性の向上、販売管理費の見直し。こうした経営改善と一体で取り組むことが求められます。
一方、原資はあるが「面倒」「実績報告が煩わしい」「まだ様子を見たい」という理由で算定していないのであれば、それは経営判断として再考が必要です。実績報告という手間と引き換えに得られるのは、賃上げの原資だけではありません。国の制度設計の方向性に乗っている医院として、今後の改定で有利な立場を維持できることの価値は、手間よりもはるかに大きい。
先生の医院は今、どちらの状態にありますか。
まとめ
ベースアップ評価料を算定していない医院に、これから起きることを正直にお伝えしました。採用力の低下、算定できる点数の減少、経営体力の格差拡大。これらは推測ではなく、制度設計の方向性から論理的に導かれるリスクです。
令和10年以降の改定に向けて不透明な部分はまだ多くあります。しかし国が「賃上げによる経済の好循環」をそれくらい重視しているということ、そしてその方向に沿って動いている医院を制度的に優遇するという流れは、今後も変わらないと考えています。
ベースアップ評価料を算定されるのも算定されないのも先生が経営者として決めることです。経営判断の責任は先生が取られるからです。
ただ、客観的に情勢を見れば国の政策の意図は上記の通りだという事なのです。
次回は、口腔機能実地指導料が歯科衛生実地指導料から独立した意味をお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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