「国の保護」があった時代は、何が違ったのか
日本の国民皆保険制度は、現在でも世界に誇れる制度です。そしてこの制度のもとで、保険医療機関には長く「国の保護」と呼べる状態がありました。保険診療で患者により良い治療を提供しようと考えて行動すれば、医療機関としての経営も成立していた時代のことです。
この時代の院長にとって、経営とは「良い治療を続けること」とほぼ同じ意味でした。診療に集中していれば、収益は後からついてきたからです。
既存の点数が上がらず、コストだけが膨らむ時代
ところが近年の診療報酬改定では、既存の技術のベースアップに回す予算がほとんど確保されていません。予算が使われているのは、医療DX、賃上げ、口腔機能管理、訪問歯科、連携、生活習慣病連携管理など、国が重視する分野です。その結果、既存の点数はほとんど上がりません。
その一方で、人件費をはじめとする経営コストは膨らみ続けています。院長は、十分な診療報酬を得られない状況の中で、生き残りをかけて医院を経営していかなければなりません。しかも高齢者が増えて国の医療費が膨らんでいくこれからの時代には、診療報酬抑制の厳しさはさらに増していくと考えられます。
データが示す、歯科診療所の「二極化」
東京商工リサーチの調査によると、全国の主な歯科診療所6,590社の2025年の売上高合計は1兆282億円(前年比3.8%増)で、4年連続の増収でした。しかし純利益合計は2023年に264億円台まで落ち込み、その後は2年連続で増益となったものの、増益のスピードは鈍化しています。人件費や医療材料の値上がりで、保険診療だけでは利益の確保に苦慮している状況がうかがえます。
増収の医院が57.3%、減収の医院が42.3%と、業績の二極化も鮮明です。さらに2025年は、倒産が26件であるのに対し、休廃業・解散が125件で、倒産の4.8倍に達しています。業績だけでなく、事業承継を含めた課題を抱えたまま、静かに市場から退出する医院が多いことも読み取れます。
※東京商工リサーチ TSRデータインサイト 2026/07/13の記事より引用
この数字が示しているのは、市場全体は広がっていても、すべての医院が同じように恩恵を受けているわけではないということです。国の保護に頼れなくなったとき、医院の運命を分けるのは、自院で健全な収益構造を築けているかどうかです。
「企業力」とは、稼ぐことではない
ここで言う企業力とは、利益を追うための力ではありません。国の保護に頼らず、質の高い医療を自力で続けていくための、経営の体力のことです。稼ぐことは目的ではなく、質の高い治療と管理を続けるための手段です。
この企業力は、戦う力(どこで、どう勝つかを決める力)、稼ぐ力(健全な収益構造をつくる力)、支える力(高いレベルで組織を機能させる力)、続ける力(医院を未来につなぐ力)という四つのカテゴリに整理できます。そして医院の規模によって、構築すべき力の中身は変わっていきます。このシリーズでは、それぞれを順に掘り下げていきます。
すべての出発点は、院長が「経営者」になる覚悟
どの企業力にも共通する前提があります。院長が治療者であると同時に、経営者になる覚悟を持つことです。経営環境を正しく分析し、そこから戦略と戦術を明確にし、経営計画を立て、アクションプランに基づいて行動、そして成果は数値で確認する。この流れが一本でつながらなければ、何も変わりません。
歯科医院に40年以上関わってきて感じるのは、経営的な成果を出している一般企業が当たり前に実行していることを保険医療機関は実行できていないことです。過去の時代にはそれでも経営が維持できた。しかし、これからの時代には治療品質を守るために、医院規模に合わせた企業化を進める必要があるのです。
先生の医院は、国の保護がなくなったとしても、質の高い治療を続けられる収益構造になっていますか。次回は、すべての企業力の入口となる「経営環境分析」について、分析を間違えるとなぜ努力が空回りするのかを論じます。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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