「昭和型教育」の何が問題で、何が正しかったのか
昭和型の教育というと、今の時代はまず負の側面が語られます。
体罰、理不尽な上下関係、根拠のない精神論、個人の意見を封じる同調圧力。
確かにそれらは問題であり、令和の時代に復活させてはなりません(令和時代にも存在しますが)。
しかし、昭和型教育のすべてが否定されるべきものだったでしょうか。私はそうは思いません。
昭和の正しい教育を受けてきた人には、人間的な強さがあります。逆境に折れない粘り強さがあります。
「自分が正しいと思っても、まず場の基準に合わせてみる」という柔軟さがあります。
そして何より、「自分の仕事に責任を持つ」「忍耐強く取り組む」という姿勢が育っています。
令和の今、コンプライアンス偏重の風潮の中で、言うべきことが言えなくなっています。
踏み込めない教師、気を使いすぎる上司、必要な時でも叱れない院長。
その結果として、日本人の逆境力が静かに弱まってきていると私は感じています。
医療には「個人の考え」より優先される基準がある
ここで、医療という仕事の本質を確認しておきたいと思います。
一般的な職場であれば、「私はこう思う」「自分のやり方はこうだ」という個人の考えを尊重することは大切なことです。
多様性を認め、それぞれのやり方を活かしていく。それは組織の豊かさにつながります。
しかし医療は違います。
患者の健康と命を扱う場では、「私の考えは違う」は通用しません。
医療としての正解に全員が合わせていかなければ、患者に迷惑をかけることになります。
器具の滅菌、感染対策、投薬の確認、記録の正確さ。これらに「自分流」は許されません。正しいやり方があり、それを全員が守ることで患者の安全が守られます。
これは厳しさのための厳しさではありません。医療という仕事が本来持っている、避けることのできない基準です。
そしてその基準を、スタッフ一人ひとりに伝え続け、正しく実行できる様にするのが院長の役割です。
「優しい院長」は本当に患者のためになっているか
最近、優しい院長が増えていると感じます。スタッフとの関係を良好に保とうとし、摩擦を避け、注意することをためらう。
その気持ちは理解できます。スタッフが辞めてしまうかもしれない、ハラスメントと受け取られるかもしれない。人材不足の時代にその不安は現実的です。
しかし私はここで院長に問いたいのです。その「優しさ」は、本当に患者のためになっていますか。その優しさによって医院のビジョンは達成されますか?
言うべきことを言わずに見過ごすことで、スタッフの技術は伸びません。医療人としての姿勢は育ちません。
そして最終的に、その未熟さのしわ寄せは患者に向かいます。
院長がスタッフに気を使いすぎることは、スタッフを守っているように見えて、実は患者を守ることを後回しにしているかもしれません。
そして、結果としてスタッフの未来も輝かないのです。
ご存じでしょうか?平成世代は優しい院長を求めている訳ではありません。
厳しさを拒否している訳でもありません。
彼らは「顧客や社会に貢献できるか」「自分が成長できるか」という本質を重視しており、それを実現できる場所を探しているのです。
先生は今、勤務ドクターやスタッフに対して、医療従事者としての姿勢を求めていますか。「それはちがう」「もっとこうあるべきだ」と、熱く語れていますか。
昭和型教育の「本質」とは何だったのか
私が昭和型教育の正しい部分として大切にしているのは、次の三つです。
一つ目は「本質的でブレない基準を持ち、それを妥協なく伝えること」です。
昭和の優れた教育者・指導者は、自分の中に明確な基準を持っていました。
その基準に照らして「それは違う」「これが正しい」を迷わず伝えた。基準なき優しさは、単なる甘さです。
二つ目は「相手の可能性を信じて厳しくすること」です。
昭和の厳しさの裏には、「この人はもっとできるはずだ」という期待がありました。
できないと決めつけて放置するのではなく、できるようになるまで関わり続ける姿勢です。
これは今の時代にこそ必要な関わり方だと思います。
三つ目は「仕事に誇りを持つことを教えること」です。
自分の仕事の意味と責任を理解した人間は、自ら基準を高めようとします。
歯科医療が患者の健康寿命に直結する仕事であることを、院長が本気で語ったとき、スタッフの姿勢は変わります。
これらは体罰でも理不尽な強制でもありません。リーダーとして当然持つべき姿勢です。
昭和型教育の負の部分を捨て、この本質を令和の形で実践すること。それが今の院長に求められていると私は考えています。
私が大阪の開業医団体に勤務していた時代、私の周りには「医療はどうあるべきか」を熱く語るドクターで溢れていました。
私は30年間、熱い魂を持った院長たちの言葉に共感し開業保険医とその先にいる患者を支える為に何をすべきかを考え続け行動してきました。
その思いは今も変わっていません。
人材不足の時代だからこそ、基準を下げてはいけない
「スタッフが辞めるかもしれないから言えない」という院長の声を聞くたびに、私は少し立ち止まって考えてほしいと思います。
成長することを求めない職場に、成長したいスタッフは集まりません。
本質的でブレない基準のない職場は、基準を持たないスタッフを引き寄せます。
逆に、高い基準を持ち、スタッフの成長を本気で支える院長のいる医院には、真剣に仕事に向き合いたいスタッフが集まってきます。
人材不足の時代に、採用を優先するあまり基準を下げることは、長期的には医院をより苦しい状況に追い込みます。
厳しさがある世界で生きていく覚悟がなければ患者に迷惑をかけてしまう。
その現実を、院長がスタッフに伝え続けることが必要です。
それは冷たさではありません。スタッフへの本物の敬意です。「あなたにはそれができる」という信頼を込めた要求こそが、人を育てます。
まとめ
令和の時代に昭和型教育の負の部分を復活させる必要はありません。
しかし、昭和の正しい部分。本質的でブレない基準を持ち、相手の可能性を信じて厳しく関わり、仕事の誇りを語る姿勢は、今こそ歯科医療の現場に取り戻すべきだと私は考えています。
院長が医療の本質をスタッフに熱く語っているか。
「それは医療としてちがう」と言える基準を持っているか。
スタッフに気を使いすぎて、本当に伝えるべきことを伝えられていないことはないか。
この問いに正面から向き合える院長がいる医院で、スタッフは本当の意味で育ちます。そして患者は守られます。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
そうそう、9月27日(日)、ニッチの会のリアルセミナーで、組織づくりの本質を実際に実践してこられた院長に語っていただく予定です。
もうすぐ告知しますのでお楽しみに!
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