技術より先に「聴く姿勢」がある
歯科医療のコミュニケーションというと、治療の説明の仕方や同意の取り方を思い浮かべる院長が多いかもしれません。しかし患者との関わりの土台にあるのは、そうした「伝える技術」ではなく「聴く姿勢」です。
患者は診察室に入ってくる前から、さまざまな気持ちを抱えています。痛みへの不安、治療費への心配、以前の歯科医院での嫌な体験、自分の口腔の状態への恥ずかしさ・・・。これらを抱えたまま、患者は椅子に座っています。
その患者に対して、問診票の内容をそのまま確認するだけの対話では、患者の本当の状態は見えてきません。患者が「この人には話せる」と感じる瞬間が生まれて初めて、患者は自分の言葉で語り始めます。その「話せる」という感覚をつくるのが、傾聴・質問・共感という医療コミュニケーションの三つの土台です。
傾聴 ― 「聴いている」を患者に伝えるスキル
傾聴は「ただ黙って聞く」ことではありません。患者が「自分の話をちゃんと受け取ってもらえている」と感じられるよう、意識的に姿勢と反応を整えることです。
非言語的な態度が特に重要です。患者の話を聴くとき、体をわずかに患者の方に向ける、アイコンタクトを適度に保つ、うなずきや相づちで「聴いています」という姿勢を示す。これらは言葉を使わずに「あなたの話を受け取っています」というメッセージを患者に届けます。
逆に、患者が話している途中でカルテに視線を落とす、腕を組む、話を遮って次の質問に移る。こうした態度は、患者に「早く終わらせたいのだろう」という感覚を与えます。患者は心を閉じ、必要最小限の情報しか話さなくなります。
傾聴で最も難しいのは「患者が話し終えるまで話を遮らない」ことです。医療者は早く問題を特定して解決しようとする傾向があります。しかし患者が自分のペースで話し切ることで、患者自身も気持ちが整理されます。そして話し切った患者は、医療者の言葉を受け取る準備ができた状態になっています。
先生の医院では、患者が話し終える前に話を遮ってしまうことはありませんか。
質問 ― 「開かれた質問」と「閉ざされた質問」を使い分ける
医療面接における質問には、大きく二つの種類があります。
「開かれた質問」は、患者が自由に語れる問いです。「今日はどのようなことが気になってお越しになりましたか」「最近、口の中で気になることはありますか」「お変わりはありませんか?」。こうした問いには、患者が自分の言葉で答えます。患者の価値観や生活背景、本当に気になっていることが見えてくるのですが、実際には機能しないことが多いです。「開かれた質問」が機能しにくい理由とその解決方法は第3回のブログで書きたいと思います。
「閉ざされた質問」は、事実を具体的に確認する問いです。「痛みはいつ頃から始まりましたか」「冷たいものを飲んだときに沁みますか」。こうした問いは、診断に必要な情報を効率よく集めるときに有効です。
多くの歯科医院の問診では、閉ざされた質問が中心になっています。効率的ではありますが、患者が「自分の状況を自分の言葉で話した」という体験が生まれません。患者に自由に語ってもらった上で、閉ざされた質問で具体的な情報を確認するという順番が、患者との信頼関係を育てながら必要な情報を集める現実的な流れです。
症状の特定においては、発症時期・誘因・部位・性質・程度・増悪・寛解因子といった要素を網羅的に把握することが必要ですが、これを一問一答で確認するより、開かれた質問で患者に語ってもらいながら自然に引き出すことで、患者は「ちゃんと診てもらっている」という感覚を持てます。
共感 ― 感情を「言葉で受け取る」スキル
共感は「かわいそうに」と思うことではありません。患者の感情を言葉で受け取り、ちゃんと受取ったことを言葉と態度で患者に返すスキルです。
患者が「ずっと歯医者が怖くて、なかなか来られなかったんです」と話したとき、「では次回からはこういう治療をしましょう」と先に進んでしまうことがあります。しかし患者はその「怖さ」をまず受け取ってもらいたいと思っています。「それは怖かったですよね。よく来てくださいました」「もう安心です」という言葉が先にあることで、患者は「自分の気持ちが伝わった」と感じます。
共感の言葉は難しくある必要はありません。「それは辛かったですね」「ずっと気になっておられたんですね」「そう思われるのは当然です」。患者の感情を否定せず、そのまま受け取ることを言葉にするだけで、患者との間に信頼の橋がかかります。相手の言葉の要約と共感の言葉がけが何よりも大切なのです。
共感と同情は違います。同情は「かわいそう」という感情で、患者と医療者の間に上下の関係を生みやすい。共感は患者の感情を対等に受け取ることで、「一緒に考える」という関係を生みます。
NURSEフレームワーク ― 患者が不安・動揺している場面での対応
患者が強い不安や動揺を示しているとき、通常の傾聴・共感だけでは対応しきれない場面があります。重篤な口腔疾患の告知、長期の治療が必要だと伝えたとき、過去の歯科治療でのトラウマが出てきたとき・・・。こうした場面では、感情への対応を体系的に行うNURSEフレームワークが有効です。
NURSEは五つのステップの頭文字です。
Naming(感情に名前をつける)は、患者が示している感情を言葉にすることです。「ショックを受けていらっしゃいますよね」「とても不安に感じておられるようですね」。患者自身が言語化できていない感情を医療者が言葉にすることで、患者は「自分の気持ちが分かってもらえた」と感じます。
Understanding(理解を示す)は、その感情が自然であることを伝えることです。「そう感じられるのは当然のことです」「誰でもそう思うと思います」。患者の感情反応を正常なものとして受け取ることで、患者は感情を持つことへの恥ずかしさや罪悪感から解放されます。
Respecting(敬意を示す)は、患者がこれまで向き合ってきたことへの敬意を伝えることです。「これまでよく頑張ってこられましたね」「ここまで自分でケアを続けてこられたんですね」。患者の努力や経緯を肯定することで、医療者との対等な関係が生まれます。
Supporting(支持を伝える)は、これからも一緒に取り組むというメッセージを届けることです。「一緒に考えていきましょう」「できる限りサポートします」。患者が「一人ではない」と感じることで、次の行動への勇気が生まれます。
Exploring(さらに深く尋ねる)は、患者がどんなことをもっと知りたいか、何が一番気になっているかを確認することです。「今一番不安に思っておられることは何ですか」「何か他に気になっていることはありますか」。感情が落ち着いた段階で、患者自身の問いを引き出します。
NURSEはこの順番通りに機械的に使うものではありません。患者の状態を見ながら、必要なステップを使うという柔軟な活用が実際の場面では求められます。
まとめ
傾聴・質問・共感は、医療コミュニケーションの土台です。治療の技術や説明の上手さより先に、この土台があるかどうかが患者との関係の質を決めます。
患者が話し終えるまで遮らない傾聴、開かれた質問から始める問診、感情を言葉で受け取る共感。そして患者が強い不安や動揺を示しているときのNURSEフレームワーク。これらは学んで終わりではなく、日常の診療の中で繰り返し使うことで身につくスキルです。
先生の医院では、スタッフがこうした医療コミュニケーションのスキルを学ぶ機会がありますか。
次回は、患者が症状に対して持っている「自分なりの解釈」を引き出すことの重要性と、「開かれた質問」の活用法をお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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