一律のマネジメントが機能しない理由
スタッフに対して同じやり方で関わっているのに、よく育つスタッフとそうでないスタッフがいる。この違いはどこから来るのでしょうか。
多くの場合、原因はスタッフの側にあるのではありません。そのスタッフがなぜこの職場で働いているのか、何を大切にしているのか、どんな動機で医療の世界に入ってきたのかを知らないまま、一律のアプローチをしていることに問題があります。
人は、自分の動機に響く関わり方をされたとき、初めて本気で動きます。動機を無視したアプローチは、どれだけ正しい内容であっても届きません。スタッフを育てるファシリテーターとしての院長の役割は、まずスタッフ一人ひとりのスタート地点を理解することから始まります。
入職動機は一人ひとり違う
歯科医院で働くスタッフが医療の世界に入った理由は、実に様々です。
「人の役に立ちたい」「患者さんの笑顔が見たい」という貢献動機で入ってきたスタッフがいます。「手に職をつけたい」「安定した収入を得たい」という生活基盤の安定を求めて入ってきたスタッフもいます。「親に勧められたから」「なんとなく医療系が良さそうだと思った」という、自分の意志が明確でないまま入ってきたスタッフもいます。家族の影響で歯科に興味を持ったスタッフ、自分が歯科治療で助けられた経験を持つスタッフ。それぞれの背景があります。
どの動機が正しくて、どの動機が間違いということはありません。しかし、動機によって「何に響くか」「何を大切にしているか」「何がやりがいになるか」は変わります。この違いを理解せずに同じアプローチを続けることは、すべてのスタッフに合わない関わり方をしていることになります。
先生の医院のスタッフが、それぞれどんな動機でこの仕事を選んだか、把握できていますか。
「生活のために働く」スタッフへのアプローチ
生活のために働いているスタッフに対して「もっと患者のことを考えてドクターが治療しやすい様に動いてほしい」と伝えても、すぐには響きません。しかしだからといって、このスタッフが「患者の健康はどうでも良い」と思っているわけではありません。
生活の安定が最優先の状態にあるスタッフは、まず「ここで働き続けられる」という安心感を必要としています。給与が安定している、有休もしっかり取れる、職場の人間関係が安心できる。こうした基盤が整ってはじめて、仕事の意味や患者への貢献について考える余裕が生まれます。
院長がこうしたスタッフの生活を支援しながら、少しずつ医療従事者としてのマインドを育てていくことができれば、そのスタッフが大きく成長して医院の未来を担う存在になることがあります。最初は動機が弱く見えても、関わり続けることで変わるスタッフは少なくありません。諦めずにアプローチを続けることが、組織の土台をつくります。
どんな動機で入ってきても、医療の本質は伝えなければならない
ここで、院長として大切なことをお伝えします。
どんな動機でこの世界に入ってきたスタッフに対しても、「医療は人の命と健康を扱う仕事である」という本質を、丁寧に、しかし明確に伝える必要があります。
医療従事者として成長しないという選択肢は、認められません。これは厳しい言い方ですが、患者は担当するスタッフ(勤務ドクターを含む)を選べない。経験の浅いスタッフが担当しても、患者はそのスタッフから医療サービスを受けるしかないのです。その事を、スタッフは理解している必要があります。
もちろん、成長への負荷はスタッフの状況に合わせる必要があります。フルタイムで働くスタッフ、子育て中のスタッフ、パートで働くスタッフ。働き方は様々であり、同じ成長負荷をかけることは現実的ではありません。しかしどんな働き方であっても、医療従事者としての本質をしっかり学ぶ機会と実践する機会がなければ、スタッフが輝くことはありえません。
「生活のために働く」動機で入ってきたスタッフも、「人に貢献したい」動機で入ってきたスタッフも、医療の本質に向き合う点では同じ責任を持っています。この基本線を院長がスタッフに伝えられているかどうかが、組織の水準を決めます。
スタッフの「なぜここで働くか」を引き出す面談
スタッフの動機とスタート地点を理解するために最も有効なのは、個人面談です。ただし「何か困っていることはありますか」という問いだけでは、動機は引き出せません。
動機を引き出すために有効な問いの方向は三つあります。
一つ目は「この仕事を選んだ理由」を聴くことです。「歯科衛生士(または診療スタッフや受付)になろうと思ったのはどうしてですか」という問いは、スタッフが自分の原点を振り返るきっかけになります。その答えの中に、そのスタッフが大切にしていることが見えてきます。
二つ目は「今の仕事で何が一番やりがいになっているか」を聴くことです。「最近、仕事の中でうれしかったことや、やってよかったと感じたことはありますか」という問いで、今のスタッフが何に動機を感じているかが分かります。ここで出てきた言葉がそのスタッフの現在の動機です。
三つ目は「これからどうなっていきたいか」を聴くことです。「半年後、一年後、二年後、自分がどんなスタッフになっていたいか、イメージはありますか」という問いで、スタッフが自分の成長についてどう考えているかが見えます。イメージが持てていないスタッフにはロールモデルを見つけるなど、成長のイメージを一緒に描くことが次のステップです。
これら三つの問いに対する答えを丁寧に受け取ることで、院長はそのスタッフの現在地を理解できます。そこからでなければ、そのスタッフに合った育成のアプローチは設計できません。
積み重ねた土台の分だけ、遠くの景色が見える
スタッフ一人ひとりの動機を理解し、それぞれに合ったアプローチで関わり続けることは、時間のかかる仕事です。うまくいかないこともあります。同じアプローチで変わらなければ、アプローチを変えてみる。それでもうまくいかなければ、また変えてみる。この試行錯誤の積み重ねが、組織の土台になります。
院長がスタッフを育てるファシリテーターとして機能できているとき、スタッフは自分の成長に気づき、仕事への向き合い方が変わっていきます。そしてそのスタッフが次の世代のスタッフを育てる側になっていく。この連鎖が、組織を強くします。「院長が私に関心を持ってくれている」「医院に私の居場所がある」とスタッフが感じ続けることが大切なのです。
積み重ねた土台の分だけ、遠くの景色が見えるようになる。何があっても揺るがない組織は、こうした地道な積み重ねの上にしか生まれません。近道はありませんが、この道を歩み続けた医院が、スタッフが輝き、患者が信頼し、地域に根づく存在になっていきます。
まとめ
スタッフが医療の世界に入った動機は一人ひとり違います。その動機を知らずに一律のマネジメントをしても、届かないスタッフが生まれます。まずスタッフ一人ひとりの現在地を理解することから始め、その動機に合ったアプローチで関わり続けること。そして、どんな動機で入ってきたスタッフにも、医療の本質を伝え続けること。この二つが、院長がファシリテーターとして果たすべき役割です。
次回は、信頼は一度失うと取り戻せないというテーマで、女性スタッフとの関係構築の原則をお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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