接遇研修は受けても、医療面接は学ばない
スタッフに接遇研修を受講させている歯科医院は増えています。お辞儀の使いわけ、言葉遣い、電話対応のマナー、患者を案内するときの所作。これらは社会人として、医療従事者として確かに大切なことです。
しかし私が現場で感じるのは、「接遇」の研修は熱心に取り組む医院でも、「動機づけ面接(MI)」の様な医療コミュニケーションスキルの研修にまで踏み込んでいる医院は少ないということです。
接遇は「どう見せるか」の技術です。医療コミュニケーションは「どう関わるか」の技術です。この二つは似ているようで、求めるものがまったく違います。接遇が整っていても、患者の不安に気づいて声をかけることができなければ、医療者としての役割は果たせていません。
先生の医院では、接遇研修と医療コミュニケーションの研修、どちらに力を入れていますか。
お辞儀の角度は完璧でも、患者を「見ていない」スタッフ
受付スタッフに求められる役割は、来院患者を笑顔で迎え、会計をこなし、次回予約を取ることだけではありません。待合室にいる患者を観察し、そこで得た情報を診療チームに伝えることも、受付の重要な役割です。
患者は待合室で素の状態を見せます。治療前は緊張し、不安そうにしている患者がいます。治療を終えて戻ってきたとき、表情が曇っている患者がいます。こうした変化に気づいて「お待たせしました、大丈夫でしたか」と一言かけられる受付スタッフがいる医院と、そうでない医院では、患者が「この医院に来てよかった」と感じる体験の質がまったく違います。
診療スタッフも同様です。ユニットに案内されてドクター待ちの時間が長くなると、患者は不安そうにキョロキョロし始めます。そのタイミングで「お待たせしてしまっています、もう少しで参りますね」と声をかけられるスタッフがいれば、患者は「見てもらえている」という安心感を持てます。そのスタッフの顔を覚え、次回の来院への心理的なハードルが下がります。
これは特別なスキルではありません。患者を「見ている」かどうかの問題です。
「忙しくて時間がない」は本当の理由ではない
こうした話をすると「忙しくて時間がない」という声が返ってくることがあります。しかし私が現場で観察してきた限り、「忙しいから・・・」と言うスタッフは、時間に余裕があるときでも患者への声かけをしていません。
一方、「患者の不安に寄り添いたい」と考えているスタッフは、忙しい中でも工夫して声をかけています。わずか数秒の言葉を届けるために、動線を少し変える。患者の表情が目に入るポジションに自分を置く。そういう工夫を、意識しているかどうかの違いです。
「忙しい」は理由ではなく、言い訳です。患者への声かけができるかどうかは、時間の問題ではなく、「患者を見ようとしているか」という姿勢の問題です。そしてその姿勢は、医療者としての自分の役割をどう定義しているかから来ています。
姿勢は文化になり、文化は引き継がれる
患者の不安に寄り添う行動は、一人のスタッフが実践するだけでは医院全体には広がりません。院長や先輩スタッフがその姿勢と行動を日常の中で実践し続けることで、後輩スタッフがその姿を見て真似ようとします。
「あの先輩は忙しいときでも患者さんに声をかけている」「院長は治療の説明の前に必ず患者さんの気持ちを確認している」。こうした姿を見続けることで、新しいスタッフは「この医院ではそういう関わり方が当たり前なんだ」と学んでいきます。言葉で教えるより、行動で見せることが組織文化をつくります。
そしてその行動を長く続ける努力をすることで、医療コミュニケーションは医院の文化として根づき、院長やベテランスタッフがいなくなっても受け継がれていきます。文化になったとき、その医院の患者への関わりは、個人のスキルではなく組織の力になります。
先生の医院では今、患者への声かけや寄り添いの姿勢を、院長やベテランスタッフが日常の中で実践できていますか。
効率を優先する医院で、スタッフの「心の炎」は消えていく
ここで、院長に正直にお伝えしなければならないことがあります。
患者より効率を重視する医院では、患者の不安に寄り添いたいと思っているスタッフも、その思いを実践できません。声をかけようとすれば「効率が落ちる」と注意される。患者に丁寧に説明しようとすれば「次の患者を案内して」と言われる。こうした環境の中で、医療者として患者に貢献したいという思いを持って入職した新卒スタッフの「心の炎」は、少しずつ消えていきます。
そのスタッフが取る道は二つです。思いを封印して、効率中心の動き方に順応するか。あるいは「自分の思いを実践できる医院」を探して旅立つかです。どちらも医院にとって損失です。前者は患者への関わりの質が下がり、後者は採用と育成のコストが無駄になります。
採用しても定着しない、育てても辞めてしまうという悩みを抱える医院の中に、この構造が潜んでいることがあります。スタッフが辞める理由は給与だけではありません。「自分の思いを実践できない」という感覚は、どんな職場でも離職の大きな動機になります。
理念が日常診療に落とし込まれているか
「患者のために最善を尽くす」「地域の健康に貢献する」。多くの歯科医院が理念として掲げている言葉です。しかし、その理念が日常の診療の中にどれだけ落とし込まれているかが問われています。
理念と現実のギャップが大きい医院では、スタッフは「院長は口では良いことを言っているが、やっていることは違う」と感じます。そのギャップはスタッフの信頼を損ない、組織のまとまりを失わせます。逆に、理念と院長の日常の行動が一致している医院では、スタッフは「ここでは自分の思いを実践できる」という感覚を持ちます。その感覚が定着につながり、成長につながります。
理念を理念のまま終わらせないために必要なのは、「では今日の診療でどう行動するか」という具体的な問いを院長が持ち続けることです。待合室で不安そうな患者に声をかける、ドクター待ちの患者に一言添える。こうした小さな行動の積み重ねが、理念を文化に変えていきます。
接遇研修でお辞儀の角度を整えることも大切です。しかしそれより先に、患者を医療者の視点で観察すること、患者に声をかける姿勢を組織の中に根づかせること、理念と行動のギャップを院長が真剣に埋めようとすること。これが、医療機関として機能するための本質です。
まとめ
接遇は「どう見せるか」の技術であり、医療コミュニケーションは「どう関わるか」の技術です。接遇研修だけに力を入れて、患者を見て声をかける姿勢を育てていない医院では、スタッフの心の炎は消えていきます。
患者の不安に寄り添う行動は、院長と先輩スタッフが実践し続けることで文化になります。理念と日常の行動のギャップを埋め続ける院長のいる医院が、スタッフが定着し、患者に信頼され、地域に根づいていきます。
次回は患者との関わり方シリーズの最終回として、医療機関の本質を貫くとはどういうことかをお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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