信頼を失う院長は二種類いる
スタッフの信頼を失う院長というと、感情的になって叱る、コントロール型で高圧的に管理する。こうした院長を思い浮かべる方が多いかもしれません。確かにそういった院長はスタッフの信頼を失います。
しかしもう一種類、見落とされがちな院長がいます。優しいが、信念を感じられない、リーダーシップに欠ける院長です。
スタッフに対して穏やかで、怒ることもなく、関係が良好に見える。しかしスタッフから見ると「この院長についていって大丈夫だろうか」という不安が拭えない。方針が定まらない、言っていることが変わる、困難な場面で逃げる。こうした姿を見せる院長も、時間をかけてスタッフの信頼を失っていきます。
信頼を築くためには、優しさと信念に基づくリーダーシップの両方が必要です。どちらが欠けても、スタッフは院長についていく気持ちになれません。
スタッフは四つの問いで院長を見ている
スタッフが院長を信頼するかどうかは、日常の中で積み重なる四つの問いへの答えで決まります。
一つ目は「患者に対して真摯に接しているか」です。患者が来院したとき、院長がその患者の健康を本当に考えて向き合っているか。スタッフは診療の場面を通じて、院長の患者への姿勢を見ています。患者を「症例」として処理しているのか、一人の人間として関わっているのか。その違いはスタッフに伝わります。
二つ目は「患者の健康のために自費を勧めているか」です。売上のために自費を売り込んでいると感じる瞬間、サポーター型のスタッフのシャッターは閉じます。「この治療が患者さんの健康に本当に必要だから」という確信を持って提案しているか。その姿勢がスタッフに伝わっているかどうかが、医院の文化をつくります。
三つ目は「掲げている理念を実現しようと院長が一番努力しているか」です。「患者の健康のために」という言葉を掲げながら、院長自身の行動がそこから離れているとき、スタッフは言葉と行動のギャップに気づきます。理念は院長が一番体現していなければ、スタッフには絵空事に見えます。
四つ目は「スタッフの成長を願い、高いハードルを超えることを求めているか」です。優しいだけで何も求めない院長のもとでは、スタッフは成長しません。医療従事者として高い水準を求められる厳しさの中に、「あなたにはできる」「応援されている」という期待を感じるとき、スタッフは挑戦する意欲を持てます。
先生は今、この四つの問いにどう答えられますか。
「理不尽」という言葉が出るとき、信頼は崩れている
スタッフがよく使う言葉に「理不尽」があります。
この言葉が出るのは、どんな場面でしょうか。院長に落ち度があるのに、その責任をスタッフに転嫁したとき。結果が出なかったときにスタッフを責めるが、うまくいったときは院長の手柄になるとき。院長には許されることがスタッフには許されないとき。説明なしに方針が変わり、以前と違うことを求められるとき。
スタッフが「理不尽だ」と感じる体験は、信頼の貯金を一気に引き出します。小さな理不尽が積み重なると、それまで築いてきた信頼関係は崩れます。そして一度「この院長は理不尽だ」という認識が生まれると、その後の院長の言動はすべてそのフィルターを通して受け取られます。院長が正しいことを言っても、「どうせまた…」という気持ちが先に立つようになります。
院長がスタッフに対して真摯に向き合うとは、患者への姿勢と同じです。自分の落ち度は認め、スタッフの努力を正当に評価し、理由を説明して方針を変え、自分にも同じ基準を適用する。これらは特別なことではありません。しかしこれができているかどうかが、スタッフとの信頼関係の質を決めます。
怒りは「感情」ではなく「手段」として使われるとき問題になる
院長が感情的になってスタッフを叱ることは、信頼を損ないます。しかしここで一つ整理しておきたいことがあります。
医療の本質から外れたスタッフの行動に対して、院長が毅然と「それは違う」と理由を添えて伝えることは必要です。人格否定ではなく行動の修正をお願いする。それは、「あなたの成長を願っている」という院長からのメッセージだからです。第二回でお伝えした通り、医療従事者として成長しないという選択肢は認められません。その基準を院長が言葉にして伝えることは、スタッフへの信頼と敬意の一つの形です。
問題になるのは、怒りが「院長の感情の発散」として使われるときです。スタッフのミスを叱るのではなく、院長のストレスのはけ口としてスタッフに怒りをぶつけるとき。院長自身の不安や焦りをスタッフへの怒りで覆い隠すとき。この怒りには基準がない。同じ場面でも怒ったり怒らなかったり、スタッフによって怒ったり怒らなかかったり。こうした怒りはスタッフに「理不尽」と受け取られ、信頼を失う原因になります。
「歯科医療に求められる品質基準として伝える厳しさ」と「感情の発散としての怒り」を、スタッフは明確に区別します。前者は信頼を高め、後者は信頼を壊します。
いったん味方になったスタッフは、最強の仲間になる
信頼を築くことは難しく、失うことは一瞬です。しかしその努力を続けることには、大きな意味があります。
院長を信頼したスタッフは、その院長のために力を尽くします。困難な場面でも逃げず、患者のためにも医院のためにも全力で動きます。院長が落ち込んでいるときに支えようとします。院長が間違っていると思えば、勇気を出して伝えようとします。こういうスタッフが組織の中にいることは、院長にとって何よりも心強い財産です。
一方、信頼を失ったスタッフは、その後の関係修復が非常に難しい。謝罪や改善の言葉を伝えても、一度閉じたシャッターは簡単には開きません。信頼は予防が最善の策です。失ってから取り戻そうとするより、日常の関わりの中で積み上げ続けることの方が、はるかに少ない労力で深い関係が生まれます。
先生は今、スタッフとの間に信頼を積み上げていますか。日常の小さな場面で、信頼の貯金をしていますか。
まとめ
スタッフの信頼を失う院長は、高圧的なコントロール型だけではありません。優しいが信念を感じられずリーダーシップに欠ける院長も、時間をかけて信頼を失います。スタッフは四つの問い(患者への真摯さ・自費の目的・理念の体現・成長への要求)で院長を見ています。そして「理不尽」という体験が信頼の貯金を一気に引き出します。
院長がスタッフに対して真摯に向き合い続けること。それが信頼をつくる唯一の方法です。いったん信頼を得たスタッフは、院長の最強の仲間になります。その仲間を一人ずつ増やしていくことが、組織をつくることの本質です。
次回は、院長が陥りやすい「甘すぎる」と「厳しすぎる」の罠についてお伝えします。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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