分院展開で規模が拡大するほど、見えにくくなるものがある
最新の医療機器を揃え、勤務医を複数抱え、分院展開によって組織を拡大してきた院長がおられます。売上規模は着実に伸び、地域における医院の存在感も増している。経営者としての判断力と行動力は、紛れもない強みです。そのうえ、給与面や研修費補助などの面で他医院より差をつけられますし、経営の安定性から採用における優位性も築けるのです。超大型規模になると、分院展開の成功パッケージが確立していますので、経営面だけで見れば規模の優位性を十分に発揮できるのです。
しかし、分院数が増えて規模が大きくなるにつれて、理事長の目が届きにくくなる領域が生まれます。各拠点で何が起きているか。分院長はどんなリーダーシップを取っているか。スタッフがどのような気持ちで働いているか。チームとしての結束がどの程度保たれているか。数値目標の達成状況は把握できても、その数値の背後で何が動いているかは、見えにくくなります。
先生の医院では、スタッフの離職理由を丁寧に把握できていますか。辞めていくスタッフが、最後まで本当の理由を告げないまま去っていくことはありませんか。
勤務ドクターとその他スタッフの間にある、見えない非対称
企業化された歯科法人では、勤務ドクターへの待遇が手厚く設計されていることが多いです。技術研修の受講補助、地域相場を上回る給与水準、最新機器の使用環境、分院長への昇格ルート。これらは、優秀な勤務ドクターを確保するための合理的な投資です。
一方で、歯科衛生士や診療スタッフの状況は異なります。小さなチームの直接の上司は、多くの場合、勤務ドクターや分院長です。歯科医師としても人としても成長の途上にあるチームリーダーのもとで働くとき、スタッフは遣り甲斐を持てないまま業務をこなすことになったり、理不尽さを感じながらも声を上げられない状況に置かれることがあります。
分院長が変わるたびにチームの雰囲気が変わる。前の分院長のやり方と全く違う指示が来る。頑張りを正当に評価してもらえていると感じられない。そうした積み重ねが、退職という決断につながります。組織として人の出入りが激しい状態が続くとき、その原因の多くはここにあります。
人事評価制度が「不満の温床」になるとき
企業化された歯科法人では、人事評価制度を導入している事が多い。評価の基準を明示し、処遇に反映させる仕組みは、組織の公正さを担保するために重要です。しかし同時に、評価に対する不満が蓄積しやすいという側面も持ちます。
評価基準が数値目標に偏るとき、スタッフは「頑張っていること」ではなく「測られていること」に意識が向かいます。患者への丁寧な対応、後輩スタッフへの関わり、チームへの貢献。数値では表れにくいものが評価されないと感じたとき、人は静かに意欲を失っていきます。
「評価制度があるのに、なぜ人が定着しないのか」。この問いに向き合うとき、制度の設計だけでなく、制度を運用する管理職の関わり方、そして組織が大切にしている価値観そのものを問い直す必要が出てきます。
外発的動機付けだけで組織を動かすことの限界
給与、昇格、評価。これらはいずれも外発的動機付けです。処遇の改善は人材確保に一定の効果をもたらしますが、それだけでは人は長く働き続けません。
組織行動の研究が繰り返し示してきたことがあります。人が職場に留まり、力を発揮し続けるためには、内発的動機付けが必要だということです。「この仕事に意味がある」「自分は成長している」「チームに貢献できている」という実感。こうした感覚は、給与や昇格では代替できません。
数値目標と外発的動機付けだけで組織を動かそうとすれば、一定の退職者は覚悟しなければならない。これは厳しい言い方ですが、現場で繰り返し確認されてきた現実です。退職者が出るたびに採用コストをかけ、育成に投資した人材が去っていく。その消耗戦を続ける限り、組織は本当の意味で強くなりません。
大きな組織で「視点を合わせる」ために必要なこと
分院が増え、チームが分散するにつれて、チームビルディングのハードルは上がります。理事長の想いや医院の理念が、各拠点のスタッフに届いているか。勤務ドクターや分院長が、組織の価値観を体現しながらチームを率いているか。こうした問いは、規模が大きくなるほど難しくなります。
大きな組織でメンバー間の視点を合わせるためには、数値目標の共有だけでは足りません。「なぜこの医院で働くのか」「この医院は地域に何を届けようとしているのか」という問いへの答えを、組織の全員が自分の言葉で語れる状態をつくることが必要です。
そのためには、理事長が経営者としての言葉だけでなく、医療者としての言葉を持ち続けることが重要です。遣り甲斐を感じながら数値目標を達成していく組織は、外発的な報酬だけでなく、働く意味という内発的な動機が組織に根付いているものです。
まとめ
医院を大きくすることと、強くすることは同じではありません。規模の拡大とともに、勤務ドクターと歯科衛生士・診療スタッフの間の非対称、評価制度への不満の蓄積、外発的動機付けだけでは持続しない組織という課題が浮かび上がります。人の出入りが激しい状態が続くとき、それは採用の問題ではなく、組織設計と動機付けの問題として捉え直す必要があります。
「なぜここで働くのか」をスタッフが自分の言葉で語れる組織をつくること。それが、規模を問わず、医院を本当の意味で強くする唯一の道です。
先生の医院のこれからを、心から応援しています。
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